投稿2021年9月25日、ロサンゼルスにて、板橋恵理
(ウエッブ掲載:2021年9月25日)

9月11日の多発テロ事件より20年経った。  長かったのか短かったのかは、分からない。 私は毎朝テレビのニュースを見るが、 当日たまたま見る時間がないままいつものように職場ヘ出勤したら、  どうも雰囲気が違うのに気が付いた。  何がどう違うのか言葉で旨く表現できないが、  皆まるで暗黒の雲が浮いている中をさまよっているような印象を受けたのを今でも鮮明に覚えている。  仕事直前というのに、 大勢の従業員が職場の食堂に設置してあるテレビに釘付けになっている。 ちらっと画面に目を向けると、 飛行機が煙に包まれたニューヨークの高層ビルに向かって突進という信じられないような光景が映し出されていたので、  その時点では何か有名俳優の映画のロケをしているのかと思ったくらいだった。

その後テレビのニュースでは何日間も、  そして日に何度も何度もくだんのニューヨークでの光景が映しだされ、  気分が悪くなり放映中は目をそらすか、  堅くつぶっていた。  直後世界中の空港が閉鎖され、  飛行中の飛行機はそれぞれ安全地帯へと廻された。   当時カナダヘ出張し、  ロスへ戻る飛行中の同僚は、  ミネソタヘ廻されそこで二日間程過ごした後、  ようやくロスへ戻ることが出来た。 オハイオとミシガン周辺を出張中の従業員4人は、 ロスへ戻るフライトの見通しが暫くつかないと知ると、  レンタカーを借り交代で三日間運転し続けて戻って来た。  こういう似たような話はよく聞いた。

このテロ事件に依り、  荷物の制限やら乗客以外のゲート立ち入り禁止など、 様々な制限が世界中の各空港で規定された。  テロは根絶出来ない。  破壊しても時間が経てば又出現する。  だからこれらの規定が将来解禁となることは絶対ないと言っても決して過言ではないと思う。

20年前の多発テロ事件当時、 まだ生まれていなかったり赤ん坊だった者もいるだろう。  その後成長すると共に洗脳され訓練を受け、 今や重い銃を担ぐ20代のテロメンバーとなった者もいれば、  もう片方では国民を守る義務を誇りに、  銃を担いでいるアメリカ軍兵士達もいる。  カモフラージュの武装とブーツ姿の兵士は威厳さに満ちているが、  ヘルメットの下から覗く顔は皆まだあどけない。  8月のアメリカ軍撤退と市民の救助中に、  もう一つのテログループISIS-Kに依る自爆事件で13人のアメリカ軍兵士が命を失ったが、  多くがまだ20代の初めと何とも若過ぎた。

20年前に10代だった者は、 今や結婚して子供もいるかもしれないし、 30- 40代だった者は孫もいるだろう。 50代だった者の孫は、 アメリカ軍の兵士としてアフガニスタンに配置されていたかもしれない。  この20年の間にアメリカ大統領とその政権が4回変わっているが、 それぞれ政権的、  個人的な方針や考えの違いゆえに、  アメリカ史上一番長い戦争が、  組織もまとまりもない形で緊急終戦した。  戦争は1年だろうが20年だろうが人間の命が関わっている事態には、  政権の違いをさておき国としての対応策を事前に制定させておくべきなのではないだろうか。

見通しの甘さと政権の愚かさを思わせる今回の20年という歳月は、 長すぎたと言えるのかもしれない。

随筆日: 8・30・2021
改訂日: 8・31・2021、9・1・2021、9/25/2021
投稿日: 9/25/2021
ウエッブ掲載日: 9/25/2021

板橋恵理=関東地域で生まれる。家族の転勤と学校のため、幼年期から現在にいたるまで、日本ーヨーロッパー日本ーアメリカで生活する。現在は、アメリカ人の夫と老猫とロサンゼルスに在住している。趣味のひとつである太鼓にはまり、5年がたつ。老猫の名前もタイコ。

板橋恵理のカリフォルニア人間観察(エッセイ一覧)