嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2020年3月14日)

「蝶々の吹き上げられし籬かな」桜井銀鳥(カリフォルニア州パリヤー)

この句からどんな風景を想像するだろうか。籬(まがき)は「竹や柴などで目を粗く編んだ垣根」。そこに蝶々が何匹かとまっていたのだろう。「吹き上げられた」という表現からすると、何か空気を吹き出すものがその籬に向けられていたと想像できる。考えられるのは、庭師(ガーデナー)が使っているブロワー。庭の手入れをして、籬もきれいに整えて、最後にブロワーでゴミを払っていた。その時、とまっていた蝶々がいっせいに飛び出した。作者はそれに驚いたのだ。「吹き上げられし」がその驚いた様子を語っている。そして、その驚きが一句となった。それにしても、そんなな何でもない日常の光景に温かい目を向ける作者の人柄に、私は好感を持つ。「北米俳句集」に収めた自選20句にも「父愉し薔薇を写し子を写し」「道めきて轍跡ある枯野かな」など、何の変哲もない日常を詠んだ句が目に付く。この欄で何度か紹介した常石芝青翁は、1948年8月にロサンゼルスで開いた「橘吟社創立当時追憶座談会」の席で「銀鳥君はむしろ批評家で、多作家ではなかったですね」と話している。確かに、銀鳥の「掣肘(せいちゅう)せられたる移民地俳句」(1934年発行の「北米俳句集」に収録された文章)をみても、「批評家」という評価は頷ける。ちなみに、「掣肘」とは「そばから、あれこれと干渉して、自由に行動させないこと」。この文章の内容は「俳句は米国に於いて根を下ろすことができるか否か」という疑問について考察したもので、その中に、当時サンフランシスコで発行されていた日本語新聞「日米」に季語について寄稿したとある。実際に「多作家ではなかった」かどうかは分からないが、銀鳥は高濱虚子の「ホトトギス」にたびたび入選しており、掲句も1927年の入選作である。

【季語】蝶々=春、「北米俳句集」(1974年、橘吟社刊)より

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嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住40年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。ロサンゼルスの新聞「日刊サン」のポエムタウン俳句選者。

今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人、主にロサンゼルス地区居住の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指していた。

このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置も読み解く。

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