ロサンゼルス:嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞「蚊火囲むジエロームの老ヒラの老」

嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2021年5月16日)

「蚊火囲むジエロームの老ヒラの老」山中耿城(ロサンゼルス)

「耿城」は「こうじょう」と読むものと思われます。ロサンゼルス近郊のサウスパサデナ市にあった「如月句会」のメンバーでしたが、日米戦争勃発で、アリゾナ州ヒラリバーの強制収容所に送られました。そこで作られた俳句グループ「比良吟社」に加わって句作を続けたのですが、さて、この句はそのヒラリバーの収容所で詠まれたものでしょうか。

戦時中、西部諸州に住んでいた約12万人の日系人や日本人が内陸部諸州に作られた計10カ所の強制収容所に立ち退きとなったのですが、その一つであるヒラリバーには山中俚汀をリーダーとして比良吟社が作られました。ジェロームはアーカンソー州に作られた収容所で、そこにも横山三葉を中心に俳句の会が作られました。

掲句の「蚊火(かび)」は「蚊遣火(かやりび)」のことで、蚊を追い払うために焚く火のこと。使うのは、干した蓬(よもぎ)、松や杉の葉、おが屑などです。のちに除虫菊を原料とした蚊取線香が普及しましたが、現在では電気の蚊取りが広く用いられるようになり、蚊遣火はすっかり過去のものになりました。

さて、その蚊火を、ジェローム収容所の老人とヒロ収容所の老人が囲んでいる。二つの異なる収容所の老人が、どうして一緒にいるのでしょうか。異なる収容所間を人々が行き来することはあったようですが、ごく限られたものでした。してみると、おそらくこの二人の老人は戦後、それぞれ戦前に住んでいた街に戻り、そこで夕方、表で蚊火を焚いて話しているのではないかと思います。

話題はやはり、収容所のこと、そこにできた俳句会のことでしょう。そして、それぞれを「ジェロームの老」「ヒロの老」と、親しげに呼んでいる。そこに、強制収容を体験した者同士の“戦友”としての共感のようなものがうかがえます。生き長らえたことを喜び合う。戦争が終わった今、二人を取り囲んでいる時の流れも、蚊火の煙のようにゆったりしていたことでしょう。

【季語】蚊火=夏、「北米俳句集」(1974年、橘吟社刊)より

嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住42年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。

今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指していた。

このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置にも迫る。

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