ロサンゼルス:嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞「春宵の君が代羅府の楽堂に」

嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2021年3月1日)

春宵(しゅんしょう)の君が代羅府の楽堂に」田中喜子(ロサンゼルス)

何かのイベントでしょうか。ロサンゼルスのどこかの「楽堂」(=音楽堂、コンサートホール)で「君が代」が演奏されている。イベントの冒頭での演奏だと思いますが、胸に何か沸き立つものを覚え、立ち上がって演奏を聞いている作者。遠い異国で聞く祖国の国歌。暖かく心に浮き立つものを感じさせる春の宵に、作者の心も幾分興奮しているのかもしれません—と思ったのですが、いろいろ調べているうちに、実は作者が日系アメリカ人であることが分かり、作者の感慨が単に郷愁からくるものではないという思いが強くなってきました。

いつものことですが、今回も作者についての情報はほとんどなく、何年の作かも分からない状態から鑑賞が始まりました。まず、ロサンゼルスの楽堂でどんなイベントが行われたのかということですが、かつて日系社会のイベントも楽堂でよく開かれていたし、そうしたイベントではよく最初に「君が代」が演奏されていたようなので、そうした点は特に気にする必要はないと思うようになりました。

次のポイントは、どんな作者なのか、です。「北米俳句集」に収められている自選20句の中に「教へ子の事故死プールに落葉浮き」があることから、教師であると思い、ネットで検索したら、ロサンゼルスにある日本語学園協同システムの元学園長であることが分かりました。それで、同学園に問い合わせ、古いイベントのプログラムに載っていた田中さんの略歴を送ってもらいました。「米国市民」です。戦前日本へ。1943年、東京女子大学国文科卒。愛媛で教員をしていた際に終戦を迎え、戦後、占領軍の図書館員を務めました。米国に戻り、協同システムの教師の職に就いたのが1950年。以後35年間、日本語教育に携わりました。

そういう作者の人生を思いながら、この句を何度か読み直しました。愛媛の教員の時に聞いた「君が代」。占領軍に務めていた時も、どこからか流れてくるのを聞いたことでしょう。そして今、自分の国であるアメリカの楽堂で聞いている。どんな感慨が胸に込み上げてきているのでしょうか。季題の「春宵」から、少なくともそれが明るい色のものであることがうかがえます。そこに、日米の不幸な時代を乗り越えた作者の心が見えるようにも思いました。

【季語】春宵=春、「北米俳句集」(橘吟社、1974年刊行)より

嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住40年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。

今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指していた。

このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置にも迫る。

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