嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2021年1月26日)

「初髪にかるくかけたるネットかな」関谷赤江(シカゴ)

初髪は、新年になり初めて髪を結うことであり、結い上げた髪のことでもある。基本的には女性が美しく結い上げた日本髪や洋髪であり、髪飾りをつけたら、正月らしく華やかになる。この句は、作者自身のことだろう。日本髪ではなく、西洋風に髪をまとめた。普段はあまり丁寧に髪を結うことはないが、やはり日本人として、アメリカに住んでいても、新年だから特別に時間をかけて髪を結った。

私がこの句でいいなと思ったのは「かるく」だった。知り合いの女性に聞いたら、ネットは結った髪を乱さないようにかけるものだが、あまりきっちりとかけるものではなく、しかも、スプレーが出回るようになってからは、ほとんど使われなくなったという。してみると、「かるく」の一語に惹かれるものを感じたのは、私の取り違いだったといえるかもしれない。

しかし、一月の寒いシカゴで、日本人の女性が髪を結い、ネットをかるくかけて出かけた、という情景を思い浮かべると、そこに、異国に生きる日本人女性の矜持(きょうじ)のようなものがなんとなくうかがえるような気がするのだ。同時に、ほんのりと艶やかさも漂う。ひょっとしたら、和服を着てシカゴの街に出かけたのかもしれないと想像が膨らむ。

シカゴは、第二次大戦中に強制収容所に収容された日本人や日系人の多くが、収容所を出て移り住んだ都市のひとつで、「シカゴ句会」と「シカゴ俳壇」の二つの俳句結社があったようだが、作者もそのどちらかの会員だったのだろう。この作者の新年の句に「半世紀異国住居や初かまど」があるが、かまどのある家に住んでいたという古風な面も考え合わせると、作者の矜持の念がますます見えてくるのだった。

【季語】初髪=新年、「北米俳句集」(橘吟社、1974年刊行)より

嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住40年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。

今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指していた。

このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置にも迫る。

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