ロサンゼルス:嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞「園丁も助もニグロや薄紅葉」

嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2020年9月7日)
「園丁も助もニグロや薄紅葉」鈴木良子(モントレーパーク)

日本語で「黒人」という言葉が定着したのは、いつごろのことだろうか。既に戦国時代に日本に黒人がいたようだが、果たして人々が「黒人」と呼んでいたかどうかは分からない。アメリカでは奴隷貿易に携わったポルトガル人が最初に使った「negro」(ネグロ、ニグロ)という言葉が、黒人をさす言葉として広く使用されるようになり、それが長く続いた。その後1960年代の公民権運動の高まりの中で「ブラック」が使われるようになってから、ニグロは日常語としては好まれなくなったが、そのブラックにしても、1980年代になると「アフロ・アメリカン」ないしは「アフリカン・アメリカン」に取って代わられていく。そして今年、「ブラック・ライブズ・マター」の運動とともに、再度呼称についての論議が起こっているようだ。

掲句。「ニグロ」とあるが、ここには差別的ニュアンスは全くない。園丁は庭園業者で、もともとは日本人や日系人が大半を占めていた。その後メキシコ系が増えていったが、黒人もけっこういたのだろう。いつごろの句か分からないが、黒人が民家の庭の手入れをしている場面だ。そして、そのヘルパーも黒人である。その黒人の二人が庭の手入れをしているところに、薄く色づいた紅葉を置いた。真っ赤な紅葉ではない。薄っすらと色づき始めた木々だ。その趣きが、二人を優しく包む。その作業は丁寧なものに違いないだろう。作者が二人に対してどのような気持ちを抱いているかもうかがえるようだ。今、黒人の命の大切さを訴える運動が全米で、いや全世界で展開されているが、そんなごく当たり前のことを、この句の作者はとっくの昔にさらりと言い切っているようであり、そんな姿勢がなんとも気持ちがいい。この作者には「皺深き土工ニグロの玉の汗」の句もある。その他、身の回りの人たちに向けた作者の温かい視線は一貫している。

【季語】薄紅葉=秋、「北米俳句集」(1974年、橘吟社刊)より

嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住40年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。ロサンゼルスの新聞「日刊サン」のポエムタウン俳句選者。

今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指していた。

このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置も読み解く。

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