Why Do Billionaires Want to Own Major Media Companies?
The Battle Over CNN’s Future and the New Age of Information Power
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【PRI】なぜ億万長者は巨大メディアを欲しがるのか
――CNN
買収差し止め判決が映し出す「情報権力」の新時代

在米ジャーナリスト 髙濱   賛  (Tato Takahama)
Pacific Research Institute
2026年7月21日

「新聞はもう終わった」

インターネットとSNSの時代になって以来、この言葉は何度も繰り返されてきた。

若者は新聞を読まない。テレビ離れも進んでいる。ニュースはスマートフォンで見る時代になった。情報発信の主役は、新聞社やテレビ局から、SNSやオンラインプラットフォームへ移った。

そうした見方は、もはや常識になっている。

しかし、現実はそれほど単純ではない。

「終わった」はずの新聞やテレビを、世界の億万長者たちは競うように手に入れようとしている。

アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏はワシントン・ポストを買収した。ロサンゼルス・タイムズは実業家パトリック・スンシオン氏の所有となった。そして現在、オラクル創業者ラリー・エリソン氏の息子デービッド・エリソン氏が率いるParamount SkydanceによるWarner Bros. Discovery買収計画が、大きな議論を呼んでいる。

買収対象にはCNNを含む主要なメディア資産が含まれる。

新聞もテレビも、決して現在の時代における最も高収益な産業ではない。

それにもかかわらず、なぜ世界有数の富豪たちは、巨額の資金を投じてメディアを取得しようとするのか。

その答えを考える上で重要なのが、今回の米国連邦裁判所の判断である。

連邦地裁のアラセリ・マルティネス=オルギン判事は、Paramount SkydanceによるWarner Bros. Discovery買収計画について、14日間の一時差し止め命令を出した。

民主党系12州の司法長官は、この統合によってメディア市場の競争が損なわれ、消費者の選択肢が減少し、価格上昇につながる可能性があるとして提訴していた。

裁判所が問題にしたのは、企業の政治的立場ではない。

市場における競争の維持だった。

ここで注目すべき点がある。

この判断を下したマルティネス=オルギン判事は、ドナルド・トランプ大統領ではなく、ジョー・バイデン前大統領によって指名された連邦判事である。

つまり今回の判断は、「共和党系企業対民主党系司法」といった単純な政治対立の構図ではない。

アメリカ司法制度が、巨大な企業統合による市場集中を独占禁止法(Antitrust)の観点から審査したのである。

これは、今回の問題を考える上で極めて重要である。

なぜなら、民主主義社会におけるメディアの問題は、誰が右派か左派かという政治的立場だけでは解決できないからだ。

問題の本質は、情報を発信する力が、一部の企業や個人に過度に集中することを、どのように防ぐかである。

そして、この問いは決してアメリカだけの問題ではない。

日本にも同じ歴史がある。

その象徴的人物が、正力松太郎である。

1924年、正力松太郎は経営不振に陥っていた読売新聞を買収した。

当時の読売は、現在のような全国紙ではなかった。しかし正力は、販売方法の改革、紙面づくりの刷新、スポーツ報道の強化など、大胆な経営改革を進めた。

特に大きかったのは、新聞を単なるニュース媒体ではなく、大衆文化と結びついた総合メディアへ発展させたことである。

プロ野球の発展を支援し、戦後には日本テレビ放送網の設立を主導した。

新聞とテレビ。

二つの巨大な情報媒体を結びつけた正力は、日本における「メディア複合体」の先駆者だったと言える。

もちろん、正力が読売を買収した理由を単純に政治的影響力の獲得だけで説明することはできない。

経営者としての野心、新聞事業への情熱、戦後日本の復興に対する考え方など、複数の要素があった。

しかし、一つだけ明確なことがある。

正力は、メディアが単なる商品ではなく、社会を動かす力を持つことを理解していた。

20世紀とは、「情報を握る者」が社会の議論に影響を与える時代だったのである。

では、21世紀になって何が変わったのか。

多くの人は、インターネットの登場によって、この構図は崩れたと考えた。

新聞の発行部数は減少し、テレビの影響力も相対的に低下した。

代わって登場したのが、SNSとオンラインメディアである。

X、YouTube、TikTok、Substackなど、新しい情報空間は既存メディアを急速に変化させた。

かつては新聞社やテレビ局だけが持っていた発信力を、個人や小規模な組織が持つようになった。

一人のジャーナリスト、一人のクリエーター、あるいは若い起業家が、世界中の読者や視聴者に直接語りかけることが可能になったのである。

これは民主主義にとって大きな変化だった。

権力を持たない人々にも発言の場が与えられたからだ。

しかし、ここで重要なのは、新しいメディアが古いメディアを完全に置き換えたわけではないという点である。

むしろ現実は逆だった。

新旧双方のメディアを押さえることで、影響力を最大化しようとする動きが始まった。

新聞やテレビが持つもの。

それは単なる古いブランドではない。

長年の取材活動によって築かれた信頼、専門記者のネットワーク、そして社会の重要問題を継続的に追跡する能力である。

一方、SNSやオンラインプラットフォームが持つものは、速度と拡散力である。

新聞やテレビが「何を社会の重要課題として扱うか」を決める議題設定力(agenda-setting power)を持つ一方、SNSはその情報を瞬時に拡散し、社会的議論を拡大する。

21世紀の情報権力とは、どちらか一方を所有することではない。

両者を結びつける力なのである。

この視点から見ると、億万長者によるメディア取得の動きも理解しやすくなる。

彼らが買っているのは、新聞用紙でもテレビ局の建物でもない。

社会的信頼と影響力という、数字では測りにくい資産なのである。

ジェフ・ベゾス氏によるワシントン・ポスト買収も、その象徴だった。

2013年、ベゾス氏は約2億5000万ドルでワシントン・ポストを買収した。

当時、多くの人が疑問を持った。

なぜ世界最大級のテクノロジー企業の創業者が、衰退産業と見られていた新聞社に巨額資金を投じるのか。

しかしベゾス氏が取得したものは、紙の新聞だけではなかった。

140年以上にわたるブランド、政治取材の伝統、そして社会的信用だった。

デジタル時代において、「信頼」は希少な資産になったのである。

同じことは、今回のParamount SkydanceによるWarner Bros. Discovery買収計画にも当てはまる。

デービッド・エリソン氏が率いるParamount Skydanceは、映画スタジオ、ストリーミングサービス、そしてCNNを含むニュース部門を一つの企業グループに統合しようとしている。

これは単なるエンターテインメント企業の大型再編ではない。

ニュース、映像、デジタル配信という、現代社会における主要な情報経路を同時に保有することになるからである。

もちろん、企業買収の動機を政治的意図だけで説明することはできない。

メディア企業もまた、市場競争の中で経営される民間企業である。収益性、事業拡大、技術投資など、経済的な理由は当然存在する。

しかし同時に、巨大メディアの所有が政治や社会に与える影響について議論が起きるのも事実である。

特に今回注目されたのは、エリソン家とトランプ政権周辺との政治的な近さだった。

ラリー・エリソン氏は共和党政治家との関係を持ち、トランプ氏を支持する大口献金者の一人として知られている。また、デービッド・エリソン氏をめぐっても、トランプ政権関係者との接点が報じられてきた。

そのため、一部では「政治とメディア所有の関係」を懸念する声が上がった。

しかし、ここで重要なのは、司法判断をそのような政治的対立だけで理解してはいけないということである。

今回、差し止め命令を出したのは、バイデン大統領が指名した判事だった。

この事実が示しているのは、アメリカ民主主義における制度の役割である。

つまり、問題は「誰が大統領なのか」だけではなく、巨大な権力集中をどのような制度によって監視するかなのである。

アメリカの独占禁止法(Antitrust)は、単に商品の価格を下げるためだけの制度ではない。

市場に複数の競争者を残し、権力が一カ所に集中することを防ぐための仕組みでもある。

メディアの場合、それは経済問題であると同時に、民主主義の問題でもある。

なぜなら、情報市場の独占は、単なる企業競争の低下では終わらないからだ。

社会が何を知るのか。

どの問題が議論されるのか。

どの声が広く届くのか。

それらは民主主義の基盤そのものである。

だからこそ、メディア所有の集中には慎重な監視が必要になる。

しかし、ここで一つ注意しなければならないことがある。

富裕層がメディアを所有すること自体を否定すれば、問題の本質を見失う。

民主主義社会では、民間資本がメディアを支えることもある。

問題は所有者が金持ちかどうかではない。

所有者が、社会的責任と編集の独立性をどのように尊重するかである。

そして、それを保証するのが制度である。

独占禁止法、透明性のある企業統治、編集部門の独立、そして何よりも複数の競争する情報源の存在である。

21世紀のメディア社会において必要なのは、「富豪を排除すること」ではない。

富豪であっても、国家権力であっても、一企業であっても、情報空間を独占できない仕組みを作ることである。

 

歴史を振り返れば、メディアと権力の関係は常に変化してきた。

正力松太郎の時代、日本では新聞を中心としたメディア企業が社会的影響力を拡大した。

20世紀後半には、テレビが家庭に入り込み、放送局が世論形成に大きな役割を果たした。

そして現在、情報空間の中心にはSNSとオンラインプラットフォームが存在している。

しかし、どの時代にも共通することがある。

社会を動かそうとする者は、必ず情報を動かす力に関心を持つということだ。

メディアを所有することは、単に企業を所有することではない。

社会が何について議論するのか。

何が重要な問題として認識されるのか。

誰の声が広く届けられるのか。

その過程に関わる力を持つということである。

だからこそ、新聞やテレビが「衰退産業」と呼ばれる時代になっても、世界の億万長者はそこに価値を見いだす。

彼らが求めているのは、過去のメディアの姿ではない。

21世紀の情報社会における影響力の基盤である。

現在のメディア競争は、古いメディアと新しいメディアの戦いではない。

むしろ、

「信頼」と「拡散力」

を誰が組み合わせることができるのかという競争になっている。

新聞社やテレビ局が持つ信頼。

オンラインメディアやSNSが持つ速度と広がり。

この二つを結びつけることができた者が、これからの情報社会で大きな影響力を持つ可能性がある。

しかし、最終的に問われるのは、誰がメディアを所有しているかだけではない。

その所有者が、社会に対してどのような責任を果たすのかである。

メディアは単なる商品ではない。

民主主義が機能するための公共空間でもある。

だからこそ、今回のCNNをめぐる裁判所の判断は、一企業の買収問題を超えた意味を持つ。

それは、21世紀の民主主義が直面する根本的な問いを示した。

情報を持つ力を、誰が、どのような制度の下で管理するのか。

という問いである。

億万長者がメディアを欲しがる理由は、単に利益を得るためだけではない。

情報が社会を動かす力を持っていることを、彼らが理解しているからだ。

しかし、民主主義は所有者の善意だけに依存してはならない。

必要なのは、権力が集中しすぎない仕組みである。

裁判所、独占禁止法、市場競争、編集の独立性。

それらが組み合わさることで、初めて自由な情報空間は維持される。

新しいメディアが古いメディアを置き換えるのではない。

新旧双方のメディアが存在する時代に、誰がそれらを結びつけ、どのような責任を持って運営するのか。

そこに、21世紀の民主主義が直面する新しい課題がある。

CNN買収をめぐる裁判は、その一つの象徴である。

それは、単なる企業取引をめぐる争いではない。

情報社会において、民主主義が自らを守る力を持っているのかを試す出来事なのである。

 

参考文献(修正版)

  • Walter Lippmann, Public Opinion, 1922.
  • Robert W. McChesney, Rich Media, Poor Democracy: Communication Politics in Dubious Times, University of Illinois Press, 1999.
  • Timothy Garton Ash, Free Speech: Ten Principles for a Connected World, Yale University Press, 2016.
  • Peter Mair, Ruling the Void: The Hollowing of Western Democracy, Verso, 2013.
  • Jeff Bezos, Statement on the Acquisition of The Washington Post, 2013.
  • Federal Trade Commission, Antitrust Guidelines and Competition Policy Materials.
  • Paramount Global / Paramount Skydance, Announcements Regarding Warner Bros. Discovery Transaction, 2026.
  • Reuters, Coverage of Warner Bros. Discovery–Paramount Skydance Merger Proceedings, 2026.
  • BBC News, Coverage of Media Ownership and Antitrust Issues, 2026.
  • The Washington Post, Coverage of Media Ownership, Jeff Bezos, and Political Influence.

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English Translation (Abstract)

Why Do Billionaires Want to Own Major Media Companies?
The Battle Over CNN’s Future and the New Age of Information Power

This article examines why some of the world’s wealthiest individuals continue to acquire major media organizations despite the decline of traditional newspapers and television in the digital age.

The recent legal challenge surrounding Paramount Skydance’s proposed acquisition of Warner Bros. Discovery, which owns CNN, highlights a fundamental question facing modern democracies: who controls the flow of information, and how should societies prevent excessive concentration of media power?

A federal judge’s decision to temporarily block the merger was significant not because it represented a political victory for one side, but because it demonstrated the role of institutional checks in a democratic system. Judge Araceli Martínez-Olguín, who was appointed by President Joe Biden, based her decision on antitrust concerns involving competition and market concentration rather than partisan politics.

The article compares this contemporary debate with the history of Japanese media ownership, particularly the rise of Matsutaro Shoriki, who acquired the financially troubled Yomiuri Shimbun in 1924 and later expanded his influence through both newspapers and television. Shoriki understood that media ownership was not merely a business asset but a source of social influence and political power.

In the 21st century, however, the nature of media power has changed. Digital platforms such as YouTube, TikTok, Substack, and social media networks have transformed the information landscape. Yet traditional media have not disappeared. Instead, the most influential actors increasingly seek to combine the credibility of established journalism with the speed, reach, and distribution power of digital platforms.

The article argues that the future of media power will not be determined by old media versus new media. Rather, it will depend on who can successfully combine two essential assets: trust and the power of distribution.

The central issue is therefore not whether billionaires own media companies. In a democratic society, private ownership itself is not the problem. The essential question is whether institutions can preserve editorial independence, market competition, and a diverse information environment.

The struggle over CNN’s future represents a broader challenge for democracy in the information age: not simply who owns the media, but how societies can ensure that no individual, corporation, or political movement can dominate the public conversation.

Note: The English version was translated and prepared by the author. Translation assistance tools may have been used.