嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2020年2月12日)

「初句会占むる御製の軸の前」常石芝青(ロサンゼルス)

太平洋戦争勃発で、収容されたワイオミング州ハートマウンテン強制収容所での作。戦争で、西海岸諸州に住んでいた約12万人の日系人や日本人が、計10カ所に作られた強制収容所に送られ、それぞれ厳しい気象条件の下で収容生活を余儀なくされたが、収容所ではけっこう文芸活動が盛んになり、グループができたり、機関誌が発行されるなどした。芝青がハートマウンテン収容所に送られたのは1942年8月のことで、そこで芝青は「ハート山吟社」を起こし、初心者を主な対象として俳句の指導を始めた。作品をまとめた句集が、コロラド州デンバーで発行されていた日本語新聞「格州時事社」から1945年に発行されている。こうして、収容所で俳句を学んだ人たちにより、戦後の米国俳壇は活気を帯びたものになるのだが、収容所での句会の雰囲気がどのようなものだったかを、掲句からうかがうことができる。「御製の軸」である。天皇の歌が揮毫されている軸。それを集会に使われている部屋の壁に架け、初句会を催した。御製の軸は、天皇を称えるというより、収容生活を耐え、そこでの連帯を確認するためのものだったのだろう。それでも、その場の張り詰めた雰囲気は伝わってくる。中には、当局の係官が自分たちを天皇崇拝者と見るのではないかと不安をいだいた人もいたのではないか。ハートマウンテン収容所ではかなり文芸活動が盛んで、短歌、俳句、川柳のグループが軸となり「ハートマウンテン文」も発行され、6号まで出した。また、最終的に実現しなかったが、文学愛好家らを集めた「ハートマウンテン文芸協会」の設立も検討された。芝青がどれほどそれに熱を入れたか分からないが、強制収容所の暮らしは、職を失って俳句活動を断念していた芝青に、活動復帰のまたとないチャンスを与えたことは間違いなかった。

【季語】初句会=新年、句集「菊の塵」(1975年発刊)より

+

嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住40年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。ロサンゼルスの新聞「日刊サン」のポエムタウン俳句選者。

今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人、主にロサンゼルス地区居住の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指していた。

このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置も読み解く。

このコーナーへの感想は editor@culturalnews.com へ送ってください。