ロサンゼルス:嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞「賀状書く寂しき思ひ新たなり」

嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2020年1月21日)

「賀状書く寂しき思ひ新たなり」藤岡細江(ハリウッド)

一読して、ハッとさせられた。そして、この句を前にして、しばらく考え込んでしまった。本来なら目出度く、祝うためのものである賀状。それを書く時に寂しさを覚えるというのはいったいどういうことなのか。何か悲しいことがあって、それに関係のある人に賀状を書く段になってそれを思い出し、寂しい思いを新たにしたということなのか。しかし、それじゃ何だかもの足らない。それじゃ普通の手紙を書く時でもいいことになってしまう。ここはどうしても、賀状を書く時でなければならないのだ。ふと、虚子の「手毬唄かなしきことをうつくしく」が心に浮かんだ。正月に子どもたちが無邪気に手毬唄を歌って遊んでいる。歌詞は悲しいのだが、それとは裏腹に、子どもたちの声は明るく美しい。それだけに余計に悲しさを覚える。そんな、しみじみとした陰影のある一句。掲句に惹かれるものは、それと同じような陰影であるような気がしてきた。賀状を書いているのは、遠い祖国に住む家族に、なのだ。あるいは、親しかった友人に、なのだ。しかし、自分は今年も家族から遠く離れた異国に住み、故郷に帰れずにまた一つ年が改まろうとしている。その寂しさ。本来は嬉しく目出度い時だけに、寂しさが余計に募る。ちなみに細江は、今年で創立98年になるロサンゼルスの俳句結社、橘吟社の幹事を務めたり、機関誌「たちばな」の表紙絵を描いたり、「たちばな」へ投句するための勉強会として「オリーブ吟社」を立ち上げる(1936年)など、橘吟社の影の功労者として活躍した。戦争で中断した橘吟社の活動を戦後いち早く復活させ、1946年の1月に句会を再開させたのも細江だった。異国でそれほど活躍した細江にしても、郷愁の念は強かったのである。

【季語】賀状=新年、「北米俳句集」(1974年、橘吟社刊)より

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嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住40年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。ロサンゼルスの新聞「日刊サン」のポエムタウン俳句選者。

今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人、主にロサンゼルス地区居住の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指していた。

このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置も読み解く。

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