ロサンゼルス:嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞「お年酒や帰化せぬ吾に故郷あり」

嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2019年12月9日)

「お年酒や帰化せぬ吾に故郷あり」橋田東洋子(はしだ・とうようし・土佐)

アメリカにやってきた日本人にとって、だれもが決断を迫られていることがある。帰化してアメリカの市民となるか、あるいは、永住権のままアメリカでの暮らしを続けるか、という決断だ。永住権のほうは、日本帰国へのこだわりのためである。高知県出身の東洋子(とうようし)は、アメリカの市民とはならず、日本に帰る道を選んだ。渡米したのは、1920年代とみられる。まず、ワシントン州タコマの製材所で働いた。日米開戦で、ミシシッピ州ジェロームの収容所へ。そこで川柳を始めたが、ジェロームからワイオミング州ハートマウンテンに移されてからは、俳句に切り替えた。そこにいた常石芝青などから指導を受けて、めきめき腕を磨いていったようだ。戦後ロサンゼルスに来てからは日本のホトトギスに投句を始め、「一八やニグロ部落は皆跣足」が、北米からは戦後三番目の入選句となった。「北米俳句集」には他に「老いぬれば淋し異郷の渡り鳥」と、自らを渡り鳥にたとえた句もある。そして「蔦枯れぬ何をもとらえ得ぬままに」。アメリカでの生活では結局、何もとらえることができなかったということか。掲句は、新年を祝う酒を酌みながら、それでも帰る故郷があることを誇りとする宣言でもあるかのようだ。そして、1957年に帰国した。ちなみに、東洋子は、ロサンゼルスにある日刊紙「羅府新報」の編集長を長年務めた橋田悌穂の父親。

【季語】年酒=新年、「北米俳句集」(1974年刊)より

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嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住40年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。ロサンゼルスの新聞「日刊サン」のポエムタウン俳句選者。

今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人、主にロサンゼルス地区居住の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指していた。

このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置も読み解く。

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