石井志をんの短歌研究、家族の歌:松江久志 「花宇宙」 春の巻 (その一)

松江久志(まつえ・ひさし)

「アカシアの甘き香漂う庭なれば妻の呼ぶ声優しく韻く」

 

今年二〇二一年五月に刊行された松江久志の著書「花宇宙」副題 「松江久志の植物短歌歳時記」は今日に至るまでの六〇余年間に歌い続けた短歌の作品集である。「植物短歌歳時記」と副題に有る様に花や植物に関する短歌を春夏秋冬の四季に分けてまとめた全四巻からなる。

春の巻では二一三ページにわたって一七三の花(植物)にまつわる短歌とその花の紹介が有る。世に知られた歌人の短歌も有り、又末尾は図鑑の如き写真集になっている。更に、著者のこだわりですべて手書きである。

歌人松江久志はそのペンネームから解るように島根県松江市の出身である。歌歴は国立島根大学在籍中に同大学の短歌研究会に入会した頃から始まり、日本歌人クラブ会員に最年少で推奨されている。

島根大学卒業後後留学の為に渡米、カリフォルニア州立大学を卒業の後に、門脇純子と結婚している。その間「南加文芸」の同人となり、カリフォルニア短歌会を創立、主宰となる。また、カリフォルニアで数多の短歌の会の選者を務め、著書は多数。

同じく、夫人の岩見純子も歌人であり、宮中歌会始に選ばれる等、豊かな感性の迸る歌が多い。

冒頭の歌は妻の呼ぶ声がアカシアが甘く香る庭では何時にも増して優しく韻く光景を詠んでいる。ここで「ひびく」の文字に余韻の韻「韻く」が使われている。自然界の物音や音響効果や音楽の「響く」は主に音が聴覚に訴える事を言う。「韻く」とはつまり、妻の声が夫の心に届いているのだ。

アカシアについての解説によるとマメ科の常緑樹でインド東部、アフリカの原産であるという。

面白い事に北原白秋の短歌「アカシアの花振り落とす月――」、も「アカシアの雨が止む時」と言う歌謡のアカシアもすべて偽アカシアと呼ばれるハリエンジュであるという。ハリエンジュは白い花でこちらにも甘い香りが有る。 私はここまで読んで詩人清岡卓行の芥川賞受賞作品の小説「アカシアの台連」のアカシアはどちらかと調べてみた。するとこちらもニセアカシアと呼ばれるハリエンジュの事であった。このように日本の文学、詩、歌謡に登場するアカシアは多くの場合ハリエンジュである。

巻末の写真集には二種類のアカシアが載っている。一つはナイフアカシア、それとミモザ。どちらもヒヨコの羽のような黄色いふわふわとした丸い小さな花の集合体である。(敬称略)

歌人 石井志をん 千葉県出身、カリフォルニア州、サンタクルーズ・カウンティー、フェルトン市在住、日刊サン短歌部門の選者を務める、カリフォルニア短歌会会員、新移植林会員。

二〇二一年七月記

 

(注、カリフォルニア短歌はロサンゼルス在住の松江久志主宰、新移植林はロサンゼルス在住の中条貴美子主宰、どちらにも北米と日本の歌人が在籍する)