読書感想 『いまなお原爆と向き合って』 大竹幾久子 著

石井志をん(歌人、カリフォルニア州在住)

広島出身で、現在はロサンゼルスに住む、大竹幾久子(おおたけ・きくこ)の著書『いまなお原爆と向き合ってー原爆を落とせし国でー』(本の泉社、2015年発行)には幾久子の母・古田雅子の述懐、大竹幾久子本人の記憶を詠んだ短歌、叙事詩、エッセイ、更にそれの英語版が含まれている。

被爆者の中には偏見を恐れて自分が被爆した事を公表しない人も居る。が、大竹幾久子は自分が被爆者である事を隠そうとしたことは一度もない。そして或る日、自分の曖昧な原爆の記憶をそのままにしておいてはいけないと強く思い、母に訊く事からこの本は始まる。

五歳で被爆した大竹幾久子は被爆時の事、その後のことはあまりよくおぼえていない。

母・雅子は原爆の事は決して語ろうとはしなかった、原爆を思い出させるものを一切拒否した。長い間、母に原爆のことを聞くのは、タブーだった。そんな幾久子が原爆の事をもっと良く知っておくべきだと思うようになったのは、五十歳を過ぎてからのことだった。

今のうちに母から原爆の事をきいておかないと後悔する、このままでは一生原爆体験がわからなくなる。少し遅すぎたが、今なら間に合う。

アメリカから広島の実家に帰省した時、意を決して母に聞く事した。

母と二人きりの静かな朝、勇気を出して恐る恐る聞いてみた

「おかあさん、原爆の時は、どうだったん?」すると驚いた事に、母は嫌とは言わず、四六年間の沈黙を破って、話し始めた。

 

あのね

畑になっとった裏庭に 出てみたら

前の人が植えとっちゃった カボチャに

その日 初めて

雌花が咲いとったんよ

まあ うれしゅうてね

ああ これで おいしいカボチャが食べられる

思うたんよ

 

鉄道線路の前の道を

女の人が 白い日傘をさして

歩いとってのが見えた

 

今日も暑い日になりそうじゃのう

早う洗濯をすまさにゃあ

そう 思うたんよ

 

そして家へ入って

盥(たらい)で洗濯をはじめて

すぐ

 

じゃったかねえーーー (後略)

『いまなお原爆と向き合って』より引用

 

この続きは涙無しで読む事は出来ない。

この本の後半は裏表紙から英文で古田雅子の証言が綴られている。すでに日本語での古田雅子の証言を読んだ者には次に何が語られるかが分かっているので読み進めるのは辛い。

(了)

関連リンク:
石井志をんの短歌研究、家族の歌:大竹幾久子 「いまなお原爆と向き合って」(その一)
https://digest.culturalnews.com/?p=16481

石井志をんの短歌研究、家族の歌:大竹幾久子 「いまなお原爆と向き合って」(その二)
https://digest.culturalnews.com/?p=16557