2016/ロサンゼルスから来た記者の見た熊本地震の現場報告、10 人にインタビューしました

 

4月24日から益城町の防災アドバイザーに任命されて、益城町に滞在している株式会社・危機管理教育研究所の国崎信江さん (Cultural News Photo)

4月24日から益城町の防災アドバイザーに任命されて、益城町に滞在している株式会社・危機管理教育研究所の国崎信江さん (Cultural News Photo)

ロサンゼルスから来た記者の見た熊本地震の現場報告、10人にインタビィーしました

<日本で取材中のカルチュラル・ニュース編集長の東繁春です>

5月2日と3日に熊本でインタビューしたひとのリストをお知らせします。インタビューの内容は、報告会でお知らせします。

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5月3日の熊本地震の取材

朝、6時に、関東からのボランティア4人の車に同乗させてもらって、久留米から熊本に向かいました。高速道路の九州自動車道を通ると、1時間で、熊本に着きました。関東からのボランティアのひとたちは西原村に向かうというので、東編集長は、熊本インター口で下ろしてもらいました。

07:30 ごろの熊本駅行のバスを待っていたのですが、バスが来ないでの、8時すぎに、熊本ラオス友好協会の飯田さんに電話をして迎えに来てもらい、今朝のアポの場所、熊本市東区沼山津(Nuyamazu)の浄土真宗・光輪寺(Korinji)に住職の山田敬史(Yamada Keishi)さんを尋ねました。朝10時ごろインタビューが終わり、熊本市内の Youmeタウン大江ショッピングセンターで時間調整をしました。

11:30ごろ、「あいあむあーす」の柿木恵美(Kakinoki Emi)さんに迎えにきてもらい、熊本市中央区帯山(Obiyama)の「家庭的保育室はぐくみ」に野村順子(Nomura Junko)さんを尋ねました。

14:00 熊本市中央区の「まちや研究会」の宮本茂史(Miyakoto Shigefumi)さんと田上裕典(Tanoue Hirofumi)さんに、被災した江戸時代の町家と大正時代の西洋建築の2カ所を見せてもらいました。

15:30 熊本市中央区水前寺公園地区の玄宅寺(Gentakuji)に長野陽子(Nagano Yoko)さんを尋ねました。そのあと水前寺公園を見学しました。ふだんは400円の入場料がかかるのですが、現在は無料でした。

17:30に柿本さんの熊本駅まで送ってもらいました。株式会社「危機管理教育研究所」の国崎信江(Kunisaki Nobue)さんと連絡が取れたので、久留米に帰る予定を変更して、益城町に行くことにしました。

18:10 熊本駅発の熊本空港行きのバスに乗って、熊本グランメッセへ。18:50グランメッセに到着して、国崎さんを待ち、テントの中で短いインタビューをしました。

19:15 国崎さんの車で、熊本駅に送ってもらい、熊本駅でカレーを食べて、新幹線で21:00ごろ、久留米に戻りました。

5月2日の熊本地震の取材

午前中は、久留米の旅館・山水荘でこれまでの取材の整理して、そのまとめをEメールで発信し、ウエッブに掲載しました。

13:00ごろ、新幹線で熊本駅に到着しました。

14:00ごろ ヘルス・アート・クリニック熊本(熊本市役所の前)で熊本市城南区の避難所でお手玉遊びをした熊本健康おじゃめの会城南支部の辻山良子(Tujiyama Ryoko)さん、瀬川ふきこ(Segawa Fukiko)さん、末松初子(Suematu Hatsuko)さんに話を聞きました。

15:30 ごろ 宇城(Uki)市小川町の避難所でお手玉遊びをした渕本博美(Fuchimoto Hiromi)さんに話を聞きました。

17:00ごろ、熊本城の回りで崩壊した場所の写真を撮りに歩いて、熊本の中心街「通町」(Torimachi)商店街を歩きました。

18:30 NPO法人オハイエくまもとの代表で医師の入部祥子(Iribe Shoko)さん、と古財良一(Kozai Ryoichi)さんの話を聞きました。

21:00 熊本駅を出発し、久留米に戻りました。

24:00 久留米の旅館のお風呂の中で、ボランティアのひとに会いました。

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2016年5月1日、熊本県御船町、今城地区の消防団の古い建物 (Cultural News Photo)

2016年5月1日、熊本県御船町、今城地区の消防団の古い建物 (Cultural News Photo)

5月1日の熊本地震の取材

朝、6時ごろからNHKテレビで熊本地震ニュースのチェックをしました。

7:30ごろ 久留米の旅館、山水荘を出発、新幹線で久留米から熊本へ。

(香川県の高松アセアン交流協会の真屋正明さんに熊本の飯田敏博さんを紹介していただきました)

熊本ラオス友好協会の飯田敏博(IidaToshihiro)さんと奥さんのノプワンさん(Noppawanタイ出身)に9AM に熊本駅で合流し、飯田さんの車で、熊本城、熊本市東区、御船町を案内していただきました。御船町では、御船の町議会議員の福永啓(Fukunagawa Kei)さんに、広範な御船町の中を被害の大きい場所を案内していただきました。

メディアでは、益城町よ南阿蘇村が大きく取り上げられていますが、熊本市の東区、そして隣接の御船町の被害も大きなものであることに驚きました。大震災は、やはり、現地に行ってみなければ、わからないことがたくさんあること、今回も実感しました。

御船町はなだらか丘陵地区が農地になっている美しい町です。平成音楽大学という学校もあり、昔はこの御船から東京藝大へ入学したひとがたくさん出る文化・芸術もある町でした。

古い農家が多く、そうした古民家が多く倒壊していました。神社の屋根がずれ、鳥居が完全に崩壊してしまった光景も見ました。だんだん畑のある地区では、今年は、田植えをしないことを決定しました。田圃のヒビが入り、水が田に溜まらないことや、水を入れると、だんだん畑が崩壊する恐れがあるからです。

山間部では、大量の落石で、交通止めになったいる場所を2カ所見せてもらいました。

熊本地震の農業の被害が大きなものであることが分かりました。

御船町に行く前に、見せてもらった熊本市東区では、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の光輪寺(Korinji)の庫裏が全壊していました。光輪寺の話では、近隣にある西本願寺派の10カ寺のうち4カ寺が完全に崩壊しています。

18:21発の新幹線で、熊本駅を離れ、久留米の旅館に戻りました。

夜、NHKテレビで、熊本地震ニュースをモニターしました。

<< NHKのOさんを早稲田大学のN教授から紹介していただきましたが、時間が合わず、お会いすることができませんでした。>>

<<トヨタ自動車グループのアイシン精機の工場訪問を、紹介できるとデトロイトのOさんからメールがきましたが、アイシン工場に行くには、タクシーが必要ということで、今回は断念しました。今回の東編集長の熊本地震取材は、基本、電車とバスでアクセスできることまで行くという方針です>>

4月30日の熊本駅の取材

朝、5時ごろからNKHテレビで熊本地震の関連ニュースをチェックしました。

朝は、久留米から熊本に移動します

早めに旅館を出発したら、予定より1本、早い新幹線に乗ることができ、

8:30 に熊本駅に到着しました。

(アリゾナの太鼓演奏家・日本文化プロモーターの小塩賢さんに熊本の二子石美紀さんを紹介していただきました)

9:00ごろ 熊本駅で、神縁会(Shinen Kai) 代表の二子石美紀(Futagoishi Miko)さんと、地域活動の「あいむあーす」の柿木恵美(Kakinoki Emi)さんにお会いして、熊本市東区の二子石さんの自宅を経由して、益城町(Mashiki-cho)の大型避難所のひとつ益城町保健福祉センター「はぴねす」へ行きました。そこで、美紀さんの息子さん純也(Junnya)さんに会いました。純也さんは益城町の住民で、自宅は住めない状態で、この避難所を利用しています。今でも約500人が利用しています。

各地から県や市の職員が来ていました。ちょうど内閣府と書いた作業服を着た数人も来ていました。ボランティアをしようと思ってきたひとの姿も数人ありました。

二子石純也さんの話では、援助の人はたくさんいるのだが、今、どうなっているのかの情報がまったく出てこない、という状態です。

東が、受付のひとに「広報活動はどうなっていますか」と聞いたみたところ「対策が手一杯で、広報など、やっているヒマはない」という返事でした。

避難所の福祉センターを出発して、二子石純也さんの車で、益城の被災地を通る道路を走りました。両脇は崩壊した建物がとびとびに出てきます。これは、ひどいという気持ちが続きました。

そのあと、二子石美紀さんのそだった阿蘇・高森まで行き、うつくしい景色を見せてもらいました。途中、阿蘇ミルク牧場の前で止まり、芝の上で、持参した食料で昼食を取りました。

阿蘇・高森では、南阿蘇村議会の議員、太田吉浩(Oota Yoshihiro)さんに会いました。

二子石さんグループに熊本市役所まで送ってもらいました。

18:30ごろ、熊本市役所に近い、ホテル・キャッスルで、近所でユートピア保育室を経営している前島輝子(Maejima Teruko、80 歳)にお会いしました。前島さんの娘さんがアリゾナにいて、今回、東にお母様の様子を見てきてくれと依頼がありました。

前島輝子さんの経歴を聞いて、東はびっくりしました。前島さんは、約40年前に、歓楽街で働く女性のために、24時間保育を始めて、今でも続けていらっしゃるのです。現在では、24時間の保育施設はたくさんありますが、40年前は、全国でも少なく、熊本市内では最初の24時間保育サービスでした。

東は、今回の震災の体験談よりも、前島さんの24時間保育の話を多く聞いてしまいました。

21:40 発の新幹線で、熊本駅を出発22:00に久留米駅に着くと、南久留米方面に行くローカル列車が待っていて、22:15には、旅館に戻ることができました。

4月29日の熊本地震の取材

広島県呉の実家を出発しました。

10:23発の「みずほ605号」で広島駅を出発、熊本に向かいました。

12:04 「みずほ605号」が熊本駅に到着しました。

熊本駅新幹線口にある観光案内所でホテル事情を聞いてみました。観光マップに載っている約30のホテルのうち、営業しているのは約半数、しかしどのホテルも満室と思われるので、ホテルに電話をして空室があるか、確認をしてください、とのこと。

熊本駅前に建っている大きなホテル・ニューオータニ熊本が閉鎖されていました。

JR九州ホテルは営業していましたが、5月4日まで満室でした。

熊本駅からタクシーに乗って、熊本市役所に向かいました。タクシー運転手さんの話=マスコミと保険会社のひとがタクシーを利用しているので、忙しい。自宅は東区で、余震が続いているので、家の中の片付けができない。片付けができないまま、自宅で寝ている。近所のスーパーがまだ、営業していないので、少し遠い場所まで、買い物に行っている。

13:00ごろ、熊本市役所前の三井生命ビル1階にあるヘルス・アート・クリニックくまもとの院長、中原和彦先生に会いました。中原先生は「お手玉をするとうつ、パニック障害が治る」の著者で、

日本のお手玉の会、新居浜市のTさんから中原先生を紹介していただきました。

「病気の出口を求めるのではなく、健康の入り口を求める」という中原先生の考え方の基本は、被災者への対応にも、あてはまるのではないかと思いました。

15:00ごろ、中原先生といっしょに、3分ほど歩いて、ホテル・パレスのレストランに行きました。ホテル・パレスは、自家発電機と水をくみ上げていたが、3日前にガスが使えるようになったので、レストランの営業だけ、再開した。150の客室は、ひびが入り、再開のメドがつかない。

中原先生から、熊本市民病院は建物が倒壊の危険があり、使えない状態にあるという話を聞きました。

18:21熊本駅から新幹線で出発

18:56 久留米駅に到着

久留米駅前の大型ホテルをチェックしてみましたが、満室でした。

19:00 南久留米駅前の旅館、山水荘にチェックインしました。

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東のEメール、higashi@culturalnews.com   日本滞在中だけ使っている携帯電話の番号080-7013-8551  Line のIDは culturalnews です。

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熊本取材の後は以下の予定で、報告会を開きます。

5月4日、呉の東の実家、時間は午後5時ごろです。参加をご希望の方は、東まで連絡してください。

5月7日、岩手県盛岡で、報告会を開きます。「ロサンゼルスから来た記者が見た熊本地震の被災地」午前10から12時まで、盛岡市菜園 1-3-6 農林会館7階第2会議室、無料です。参加申し込みは、東まで。

5月7日の夜は、東京・JR錦糸町駅前のシテーホテル・ロッテ錦糸町に泊まります。

5月8日、横浜で、報告会を開きます。「ロサンゼルスから来た記者が見た熊本地震の被災地」午後3時から5時まで、鶴見中央コミュニティーハウス・レクリエーションホール(横浜市鶴見区中央 1-31-2-214 シークレイン内)JR鶴見駅東口から徒歩1分、サルビアホールの建物2階、「被災者・避難者支援つるみの会」と「カルチュラル・ニュース日本支局」の共催行事です。無料です。参加申し込みは、東まで。

東は、5月8日の深夜(9日午前1時)のAA便で、羽田空港から、ロサンゼルスに戻ります。

日本に滞在中の東の携帯電話は080-7013-8551 です。

<カルチュラル・ニュース編集長、東 繁春>

Shige Higashi / Editor and Publisher of Cultural News

P.O. Box 48678, Los Angeles, CA 90048, USA

Phone: +1-213-819-4100 cell / Skype: Cultural News / Line:  culturalnews