福島原発事故と日本文化

 

カルチュラル・ニュース 2011年6月号 付録 (日本語版)

東 繁春  カルチュラル・ニュース編集長

Shige Higashi Headshotカルチュラル・ニュースは、日本文化を紹介することが目的の英字新聞なので、普段は、事件や事故のニュースは扱っていません。

しかし、現在進行中の、福島原発事故による放射能汚染の問題は、外国人が日本へ行くことまで、妨げる事態になっており、日本文化を紹介する活動にとっても、避けては通れない問題になっている、と思います。

仮に、福井県に立地している原発から放射能漏れ事故が起きると、日本文化の中心地である京都にまで、影響はおよびます。そうなると、外国人が京都に来なくなるばかりではなく、日本文化は「世界遺産」なのだから、国宝級の美術品は、すべて日本から避難させるべきだ、という声が、世界の日本美術愛好家から、起こってくるのではないか、とさえ想像できます。

また、福井県には、曹洞宗の本山、永平寺があります。福井県の原発が事故を起こして放射能を撒き散らし始めると、永平寺も影響を受けるでしょう。1950年代のチベットでは、中国軍が入ってきたため、ダライラマを国家元首とするチベット政府は、インドに亡命しました。そのことが、きっかけで、チベット仏教が、急速に世界中に広がって行きました。

仮に、永平寺から僧侶たちが避難すべき事態がおこると、日本国内だけはなく、世界にも、大きな影響を与えるでしょう。

原発問題は、かくも、日本文化に大きな影響を与える問題であることに、あらためて気がつかされます。

わたしは3月18日に「カルチュラル・ニュース論説:日本政府は情報隠しは、していない。米国の判断は、分析方法の違いが原因」の日本語メールを発信した。

カルチュラル・ニュースは、英字新聞なので、日本語メールは、それまでは、英文記事を要約した内容か、短いお知らせしか出したことがありません。しかも「論説」というのも、カルチュラル・ニュース紙面でも、使ったことがない見出しでした。

わたしの「論説」の趣旨は、鳥瞰図的に大状況をつかむのがうまいアメリカ人の特質と、細かい事実の積み重ねで、大状況を理解しようとする日本人の特質をあげ、アメリカ政府の80キロ圏内の避難勧告も、日本政府が発表したデータに基づいて判断したことであるはずで、日本政府が重要な情報隠しをしていて、アメリカ政府はその情報を独自に得ているということでは、ないであろう、という内容でした。

そして、この「論説」の末尾には、ちょうど3月18日に送られてきた「大前研一イノベーション・メールマガジン」に書かれていた大前氏の見解「1、現状は福島第一原発に関して全てを放棄して現場を離れるしかない。2、制御できないだけでなく、制御しようと人が近づくことさえできない状態にあると見るのが妥当だ。3、恐らく致死量に達していると思われる原子炉周辺に作業員を送り込むことは良識ある判断とは言えない」を紹介し、大前氏の判断を、あまりにもアメリカ的な発想と、批判しました。

しかし、その後の成り行きは、日本政府自らによる「原発事故レベル7」への引き上げ、3月12日の時点で、これまで発表した数値以上の大量の放射能が漏れ出ていたことの追認と、大前氏の指摘どうりになって行きました。

わたしの「論説」は間違っていました。日本政府が早い時点で、福島第一原発から半径20キロ以内での退避勧告を出したにもかかわらず、アメリカ政府が発表した80キロに避難地域を広げることができなかった理由は、容易に想像がつきます。80キロに広げてしまうと、福島市がすぽっりと入ってしまうからです。

福島市を放棄するとなると、福島市役所、福島県庁が機能しなくなるだけでなく、福島市内を貫通する東北新幹線と東北自動車道も切断されることになります。

4月15日から20日までの東北取材旅行で、実際に、青森県から、岩手県、宮城県、福島県に行ってみて、福島市の地理的な重要性がよくわかりました。

5月までは、なりを潜めていた、原発推進派は、この原稿を書いている6月21日の時点で、現在、運転を停止している原発の運転再開の巻き返しを始めています。

管総理大臣への野党・自民党と、そして身内の民主党内からの批判はすざましいものです。ですが、今回の、東日本大震災と福島原発事故への対応では、ほかの人が総理大臣をやっていたら、もっと、うまく行ったのかと言うと、そんなことはないように思います。

誰が総理大臣であっても、官僚たちと東京電力の幹部たちは「想定外」のできごとだったと、言うでしょう。

むしろ、浜岡原発の運転停止を決めたことや、原発依存の国策をやめようという指導力の発揮は、日本国のトップとしては、当然のことをしているように思います。管首相を批判する政治家からは、原発をどうすべきか、という政策提言は聞こえてきません。

アメリカは、日本の2倍の100基の原発を持っている国ですが、1979年のスリーマイル島原発事故以後は、1基も、原発は建設されていません。そもそも、原発メーカーであるウエスティング・ハウスを6年前に、6000億円で、東芝に売却しています。

実は、アメリカは、すでに、脱原発路線に入っているのです。アメリカ政府による、原発推進は、実は、建前だけであって、本音はすでに、脱原発なのです。

そのことを考えると、管総理大臣の脱原発政策への転換に、アメリカ政府は反対できないでしょう。管総理大臣も、脱原発というストレートな表現は使わず、原発も選択肢に残しながら、日本のエネルギー源の多様化、というやり方で、本音と建前を使い分けて、原発削減に取り組もうとしています。

東日本大震災をどう伝えるか

実は「論説:日本政府は情報隠しは、していない」を発表したとき、予想以上の多くの方から返事をいただきました。その中には、3月11日にちょうど、東京に居られ、大地震を経験され、すぐに救援活動を開始されたロサンゼルス在住者の稲葉寛夫さんからのEメールもありました。キリスト教の精神を基にした教育活動をしている稲葉さんの団体が、原発からの避難対象地域になっている福島県南相馬市内に入ったようすと写真は、カルチュラル・ニュース4月号の記事になりました。

また、わたし自身が東北被災地を取材するために、3月後半からカルチュラル・ニュースのメーリングリストを使って、現地訪問の協力をお願いしたが、それに対して、多くの方から返事をいただいたのは、その前に発信した「論説」でわたしの考え方を発表したことが、よかったのかも、しれません。

カルチュラル・ニュース4月号の1面では、おむすびを取り上げました。災害時に日本人が平穏を保って、グループ活動ができるのは、ひとつには、おむすびが理由であるという、記事を作ったのです。愛媛県新居浜に在住のアメリカ人社会学者のバーバラ伊藤さんに英文を依頼し、時事通信社から宮城県女川町の避難所でおむすびを作っている写真を提供してもらいました。

5月号の1面では自衛隊からの写真提供を受け、被災地での自衛隊の活動の中には、仮設の風呂を作り、被災者に利用してもらうことが含まれていることを紹介しました。記事は、軍事アナリストの神浦元彰さんによる東日本大震災と阪神大震災を比較した自衛隊の役割の変化を紹介しました。

6月号の1面では、岩手県大船渡市で、恒例のたなばた祭りが、愛知県安城市のたなばた祭り実行委員会の援助を得て、8月に開催できることになった、という記事を作りました。英文記事の基になった日本語情報と写真は、大船渡で発行されている東海新報からの提供を受けましたた。

6月21日付けのウォール・ストリート・ジャーナル紙は、米軍による「トモダチ作戦」は、放射能汚染にたいする訓練として役に立ったという記事を掲載しています。

U.S. Military Finds Lessons in Japan’s Crisis – Radiation From Accident at Nuclear Plant Creates Providing Ground for ‘Dirty Bomb’ Scenario

東北取材のとき、仙台空港での米軍によるガレキの撤去作業は、メディアが伝える内容より、はるかに小さい規模であることを知りました。この問題は、まだ、カルチュラル・ニュースで取り上げていません。

東日本大震災における米軍の出動は、日米関係の中で、ひじょうに重要な問題です。たいへん大きなテーマをいただいた、というのが、今のわたしの気持ちです。

カルチュラル・ニュースへのご援助に、感謝しています。(ロサンゼルスにて)

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