在米ジャーナリスト 髙濱 賛(たかはま・たとう)  2026年4月8日

PACIFIC RESEARCH INSTITUTE -「イランを一夜で片づけることもできる」

そう語ったドナルド・トランプ米大統領は、そのわずか一日後に停戦を持ち出した。

攻撃を示唆し、撤回し、再び威嚇する。発言は揺れ続け、方針は定まらない。この予測不能な振る舞いは、彼の交渉術の一部でもあると同時に、危うさそのものでもある。

この戦争の出発点を理解するうえで重要なのは、意思決定の過程だ。

ピューリッツァー賞受賞記者であるマギー・ハーバーマン氏とジョナサン・スワン氏が、今秋刊行予定の著書『Regime Change:Presidency of Donald Trump』の取材に基づき、2026年4月7日に報じた詳細な内幕は、その実態を明らかにしている。

報道によれば、2026年2月11日、ホワイトハウスのシチュエーションルームで行われた会議に招かれたイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、イラン体制崩壊の可能性を強調し、米国の参戦を強く求めた。

ネタニヤフ氏は次のように語った。

「米国とイスラエルが一緒にミサイル攻撃すれば、イランの核・ミサイル能力を短期間で無力化できる。イランの反政府勢力とクルド勢力の動きで反乱がおこり、体制は内部から崩壊する。政権は転覆し、ホルムズ海峡の危険性は消え去る」。

これに対しトランプ氏は「It sounds good to me(いいじゃないか)」と応じた。

この一言が、イランに対する米イスラエル共同軍事行動を決定づけた瞬間であった。

しかし米情報機関は2026年2月12日、体制転換シナリオを「非現実的」と評価し、CIA長官ジョン・ラトクリフ氏はそれを「ばかげている(farcical)」と断じた。

だが、この慎重な分析は最終判断には影響しなかった。

トランプ氏は、体制転換の現実性ではなく、「攻撃すれば崩れるはずだ」という直感を基に決断したのである。言い換えれば、トランプ氏はネタニヤフ氏の楽観的な見通しに頷いたのだ。

トランプ氏の決定から約50日が経過し、ネタニヤフ氏の見通しはことごとく外れ、トランプ氏の直感が必ずしも的確ではないことが明らかになった。戦争は当初の想定とは異なる展開を見せている。

米軍は制空権を確保しつつ、イランの軍事施設を繰り返し攻撃している。それにもかかわらず、イランは崩壊していない。象徴的な事例が、撃墜された米軍機とその救出作戦である。

イラン領内でF‑15戦闘機が撃墜され、乗員の救出には大規模な作戦が必要となった。CIAは欺瞞工作を展開し、地上での脱出を装う情報を流した。実際の救出は海軍特殊部隊が担当し、数百人規模の戦力が投入された。作戦中、A‑10攻撃機が被弾し、パイロットが脱出する事態も発生した。救出は成功したが、同時に戦場は一方的に支配されているわけではない現実を示している。

では、なぜイランは持ちこたえているのか。ワシントンの軍事専門家たちの分析を総合すると、次の要因が挙げられる。

  1. 軍事的な回復力:地下施設の存在などにより、攻撃による損耗は完全な無力化に至らない。
  2. 経済・技術の支援網:主に中国を中心として、制裁下でも原油輸出が維持され、資金の流れが断たれていない。
  3. 地域に広がる武装組織:ヒズボラ、フーシ派、親イラン民兵組織などが戦線を広げ、圧力を分散させる。
  4. 情報・通信・サイバー支援:戦争は火力だけで決まるものではなく、持続力を支える基盤が重要である。

この複合的条件の下、「ハメネイ師なきイラン」は「負けない戦い」を続けている。

一方、トランプ氏は戦争途中で発電所や橋といった民間インフラへの攻撃を示唆した。軍事倫理の観点から、これは重大な問題を孕む発言である。米軍はこれまで民間インフラへの攻撃を厳しく制限してきた。他国の同様の行為を批判してきた基準が揺らげば、米国自身の正統性も損なわれる可能性がある。

歴史家ティモシー・スナイダー氏は、トランプ氏の「文明全体を消滅させる」という発言について、「言葉は単なる言葉ではなく、現実の行為を導くものだ」と警告している。軍事アナリストフィリップス・オブライエン氏は、この戦争の帰結について「トランプの全面的な折れ(a total fold)」と評し、政治評論家ウィリアム・クリストル氏は「無条件降伏を求めたはずの戦争は交渉へと後退した。これは敗北であり警告である」と断じている。

実際、戦争は停戦と交渉へと移行しつつある。イラン体制は維持され、軍事能力も完全には失われていない。ネタニヤフ氏が掲げた「決定的勝利」は、現実の中で空洞化している。

米主要シンクタンクの上級研究員は、「この戦争は、軍事力の限界を示しただけでなく、意思決定の軽さがもたらす危険性を浮き彫りにした」と指摘する。

トランプ氏の「いいじゃないか」というゴーサインから始まった戦争は、いまや出口の見えない消耗戦へと変わりつつある。

日本に住む知人から「トランプはなぜ戦争を始めたのか」と問われても、明確な回答は書けない。

なぜトランプ氏はそれほどイスラエルに恩義を感じているのか。米国民は疑問に思わないのか。米国に三権分立は機能しなくなったのか。

少なくとも、イランは米国本土を奇襲したことはないし、原爆を他国に投下したこともない。

 

参考文献

  1. Jonathan Swan and Maggie Haberman, “How Trump Took the U.S. to War With Iran,” The New York Times, April 7, 2026.
  2. Jonathan Swan and Maggie Haberman, reporting for Regime Change: Inside the Imperial Presidency of Donald Trump, interview reporting conducted 2025–2026, forthcoming 2026.
  3. Brendan O’Malley, “Iran threatens retaliatory strike on US campuses in the Gulf,” University World News, March 29, 2026.
  4. “Missing US crew member from downed fighter jet rescued in Iran, Trump says,” MSN News, April 5, 2026.
  5. “Iran Update: Special Report,” Institute for the Study of War, April 4, 2026.
  6. Timothy Snyder, commentary on genocide rhetoric, The Atlantic, April 6, 2026.
  7. Phillips O’Brien, war analysis commentary, Foreign Affairs, March 21, 2026.
  8. William Kristol, “Trump Surrenders,” The Bulwark, April 1, 2026.