石井志をん
ハローウィンの頃にはドングリが落ちる、ドングリが屋根に当たる音が頻繁に続く、二度三度、三度四度と続いて聞こえる。今年はドングリが豊作らしい。庭に出れば数え切れない程の実が地面に(栗鼠が手をつけないままで)落ちている(栗鼠の数が減ったようにも見えるのは気のせいだろうか)。山道を歩けば丸々とした栗にも負けない程大きなドングリ(さすがのアメリカサイズである)がごろごろしている。道端やパーキング場の隅に吹き寄せられた椎の実のような物が掃いて捨てるほど落ちている。
私が大好きなアニメ「隣のトトロ」にもドングリが出てくる。私の持っているDVDは英語版なのでドングリをAコーンと呼ぶ。Aコーンと呼ぶのはその実がAの字に似ているからだろうか。Aの字の形をしているドングリも有るがそうでない物も多い。
調べてみると一口にドングリと呼ばれているその木の実の種類の多さに驚く、その色も形も大きさも様々である。ドングリはその実を水に晒せば総ての実が食料になると言う。食べられないドングリと言う物は無く、今でも朝鮮半島では粉にした物が食料品として販売もされているそうだ。スペインのイベリコ豚は放し飼いで野原のドングリを多く食べるために美味である事が知られている。インターネットにドングリの粉で作るクッキーやプリンのレシピが出ているがこれは日本の事でアメリカの人達はドングリを食べる事は思いつかないらしく、リースなどの飾り物にしてその形の愛らしさを楽しむ。
話変わって或る年の秋ヨセミテ公園に南側から入った時に大きな丸い木の実が沢山目についた。バックアイと呼ばれるこの木はここカリフォルニアの野山に多く自生している。バックアイとはその丸い実が牡鹿の目に似ているからだそうだ。アメリカの人はバックアイの実をホースチェスナッツとも呼ぶ。「鹿や熊や馬は食べるが人間には食べられません」と言う。ちなみに私は人間だがそれを食べた事がある。バックアイは日本では栃の木と呼ばれる。長野の上高地と岐阜の奥飛騨で「栃餅」と言う物を売っていた。薄い褐色の小さな餅ははかなくも美味で前時代の貴重な食物の味がした。その実を食すためには水で何度も晒さなくてはならない。食べる物が余っている現代では栃餅のように手間隙かけて作る物は嗜好品とかぜいたく品の部類に入るのだろうが、栃の実はかつて稲作に適さない土地の多い山間部では貴重な食料だった。
フランスに住んでいた知人によるとパリの並木道に咲くマロニエとはこのバックアイの事だという。
「パリの屋根の下に住みて楽しかりし昔
中略
鐘は鳴る・鐘は鳴るマロニエの並木道」
シャンソンの名曲だが、春になるとこの曲を思い出す。白い、時にはほんのり薄紅色の優しげな集合花を枝の先に着け、花が散った後にたった一つ牡鹿の瞳のような栃の実は生る。パリの屋根の下に住みてと言う歌を時々歌っていた母は。この歌のマロニエが栃の木だと知って居ただろうか。栃木県に行けば栃の木が沢山有るのだろうか。
石井志をん=現代詩「短調」同人。「短調」はロスアンゼルス在住の若林道枝主宰。
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