Hiroyuki Sanada, Producer of “Shogun” and Star, “Toranaga.” Photo by Ayumi Sakamoto, 2024.

Hiroyuki Sanada, Producer of “Shogun” and Star, “Toranaga.” Photo by Ayumi Sakamoto, 2024.

【PRI】When Did Americans Begin to Look to Japan? — Vietnam, Hollywood, and an Alternative Set of Values
English text appears at the bottom of this post.

【PRI】アメリカ人はいつから日本を見直し始めたのか――ベトナム戦争、ハリウッド、そして「もう一つの価値観」捜し

在米ジャーナリスト 髙濱  賛   (Tato Takahama)
Pacific Research Institute
2026年9月28日

日本文化が、いまアメリカで改めて注目されている。寿司やラーメンだけではない。日本庭園、禅、茶、工芸、包丁、デザイン、アニメ、漫画、ゲーム、そして「ものを大切にする」という感覚まで、日本人の「生き方」として捉えようとする動きがある。

戦略デザインファームBIOTOPEのファウンダー、佐宗邦威氏は、JBpressの論考で、この現象を「もう一つの価値観」という言葉で説明している。

欧米では、競争、消費、格差、政治的・人種的分断、戦争や気候変動への不安が広がっている。そのなかで、「勝つか負けるか」をはっきりさせるのではなく、曖昧さを受け入れる。

新しいものを次々と消費するのではなく、身の回りのものを大切にする。人間が自然を支配するのではなく、自然と共に生きる。

そうした日本文化の中に、欧米人が「もう一つの生き方」を見ているのではないか、というのが佐宗氏の見方である。

だが、ここで一つ、逆向きの問いを立ててみたい。日本文化がアメリカ人を変えたのだろうか。それとも、アメリカ人のほうが先に変わり始めたから、日本文化が見えるようになったのだろうか。私は後者の要素を、かなり重く見る。

元『羅府新報』編集長の長島幸和氏から、こんな話を聞いたことがある。

「アメリカ人は1970年代になって、ベトナム戦争に対する反省から、他の国の文化やものの考え方に目を向けるようになった。それがフードであり、健康食品であり、漫画だった」。

かなり重要な証言だと思う。

もちろん、アメリカ人が外国文化に目を向けるようになった理由を、ベトナム戦争だけに求めることはできない。

公民権運動、若者文化、環境運動、女性運動、ウォーターゲート事件、石油危機、移民社会の変化など、アメリカ社会そのものが揺れ動いていた。しかし、ベトナム戦争が一つの大きな転機になったことは間違いない。

第二次世界大戦後のアメリカには、「アメリカのやり方」が世界の標準になっていくという強い自信があった。ところが、ベトナムでその自信が揺らいだ。「自分たちは本当に正しいのか」。この問いが社会に広がったとき、アメリカ人が自国の外を見るようになった。

そう考えると、1970年代の日本文化への接近も違って見えてくる。日本が突然アメリカに「新しい価値観」を輸出したのではない。アメリカ社会の側に、「自分たちとは違う考え方を知りたい」という需要が生まれていたのである。その需要に、日本の文化が入ってきた。

食べ物もそうだった。健康食品もそうだった。禅や東洋思想もそうだった。そして、やがて漫画やアニメ、工芸、デザインへと広がっていった。

この流れを大衆レベルで増幅したのが、ハリウッドだった。

1980年にNBCが放送した『Shōgun』は、その象徴である。リチャード・チェンバレン演じる英国人航海士が17世紀の日本に漂着し、三船敏郎や島田陽子らが演じる日本社会の中に入っていく。

当時のアメリカ人にとって、これは単なる日本を舞台にしたテレビドラマではなかった。「日本には、自分たちとは違う社会の仕組みがある」。そのことを、家庭のテレビで大勢のアメリカ人が見たのである。

『Shōgun』が日本理解を深めた、と単純に言うつもりはない。むしろ、日本をかなり異国的に描いた作品だった。それでも重要なのは、アメリカの大衆が「自分たちとは違う日本」を見ることに、大きな関心を示したことである。

ハリウッドは一つの役割を持つようになる。日本文化を作ったのではない。すでに存在していた日本への関心を、巨大なスクリーンとテレビ画面を使って増幅したのである。

1984年の『The Karate Kid』も、その意味で面白い。パット・モリタ演じるミヤギは、日本から来た神秘的な老人というだけではない。アメリカの少年ダニエルに、技術だけではなく、忍耐、節度、繰り返し、そして自分を制御することを教える人物だった。

しかもミヤギという人物には、日系アメリカ人の戦争体験が組み込まれた。日本文化が「外国のもの」だけではなく、アメリカ社会の中に生きてきた日系アメリカ人の歴史や戦争体験としても見えてきたのである。

もちろん、この映画にもステレオタイプはある。しかし、アメリカの少年が日系アメリカ人の老人から何かを学ぶ、という構図そのものが、1980年代の大衆文化としては大きな変化だった。

2003年になると、『The Last Samurai』と『Lost in Translation』が相次いで登場する。『The Last Samurai』では、トム・クルーズ演じるアメリカ人が日本に入り、渡辺謙演じる勝元と出会う。そこでは日本が、単なる異国の風景ではなく、「失われつつある価値」を持つ場所として描かれた。

ただし、ここでは映画が描く日本を現実の日本と混同してはいけない。むしろ重要なのは、当時のアメリカ人が日本に何を見ようとしていたのかである。

『Lost in Translation』はさらに興味深い。ビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソンが演じるアメリカ人が東京に滞在し、日本社会の中で自分自身を見つめ直していく。日本そのものを理解する映画というより、「日本という異文化の中に入ったアメリカ人が、自分自身を考え直す映画」だった。

そこには限界もある。日本を「西洋人が自己発見するための舞台」にしてしまったという批判も成り立つ。それでも、アメリカ人が日本を「自分たちとは違うから面白い」と見る段階から、「自分たちにない何かを日本に探す」段階へ移っていることは見逃せない。

そして2024年の『The Shōgun』になる。

1980年版では、基本的に「西洋人が日本に入っていく」物語だった。2024年版では、日本人の登場人物、日本語、日本社会の内側がはるかに中心に置かれた。これは、40年以上前の『Shōgun』とは意味が違う。日本が「珍しい国」だから見るのではない。日本社会そのものを、一つの複雑な世界として見るようになったのである。

では、この変化を学問の世界ではどう考えることができるのか。ここで興味深いのが、アメリカや欧州で日本思想を研究してきた欧米の哲学者たちである。

ハワイ大学のグレアム・パークス教授(Graham Parkes)は、日本美学、禅、道元、自然と人間の関係などを研究してきた哲学者だ。

彼の仕事で特に興味深いのは、日本思想を「日本人はこう考える」という民族論として扱うのではなく、西洋哲学そのものを考え直すための比較対象として扱っている点である。人間を自然から切り離し、人間が自然より上位に立つという考え方そのものが問い直される。これは、佐宗氏が指摘する「自然との共生」というテーマと重なる。

もっとも、「日本人は自然と共生している」と単純化してはいけない。パークス氏が面白いのは、むしろ西洋の側が、自分たちの人間観や自然観を相対化するために日本思想を読むことにある。

オハイオ州立大学のトーマス・P・カスリス名誉教授(Thomas P. Kasulis)も重要だ。著書『Intimacy or Integrity』で彼は、人間や物事を独立した個として捉える方向と、関係性や親密さの中から捉える方向を区別した。これは、「西洋は個人主義、日本は集団主義」という単純な二分法とは違う。文化の違いを優劣ではなく、人間と世界との関係を考える別の方法として捉えている。

ハワイ大学のスティーブ・オーディン教授(Steve Odin)の仕事も、この流れに入る。『The Social Self in Zen and American Pragmatism』では、日本の禅思想とアメリカのプラグマティズムを比較し、孤立した「私」から関係の中にある自己への転換を考えている。

つまり、日本思想とアメリカ思想は、まったく別の世界ではない。両者を比較することによって、「私は何者なのか」「人間は社会とどう関係するのか」という、アメリカ自身の問題を解明しようとしたのだ。

そう考えると、佐宗氏のいう「もう一つの価値観」という言葉も、少し違って見えてくる。

日本に「もう一つの価値観」があるのではない。アメリカ人が、「自分たちの価値観とは別の考え方もある」と考えるようになった。そのとき、日本文化が非常に見つけやすい場所にあったのである。

曖昧さ。余白。ものを長く使うこと。自然との距離。関係性。静けさ。そして、完全な勝ち負けにしないこと。

これらは、日本文化の中に確かに存在する。しかし、日本だけの専売特許ではない。ここを間違えると、話はすぐ「日本文化礼賛」になってしまう。むしろ面白いのは、そのような価値を、いまアメリカ人が日本文化の中から「発見」していることだ。

では、なぜいまなのか。おそらく、1970年代から始まった長い時間の延長線上にある。

ベトナム戦争によって揺らいだアメリカ。自分たちの社会を問い直した若者たち。外国の食べ物を試し始めた人々。自然食品や健康食品に向かった人々。禅や東洋思想に関心を持った人々。日本製品の品質に驚いた人々。『Shōgun』を見た人々。ミヤギさんに空手を教わる少年を見た人々。そして、東京のホテルで自分自身を見つめ直すアメリカ人を映画館で見た人々。

その積み重ねの先に、2024年の『The Shōgun』があり、いまの日本庭園や禅や工芸への関心がある。

日本文化がアメリカを変えたのではない。変わり始めたアメリカが、日本を発見したといった方が正確なのだ。そして一度発見された日本文化は、今度はアメリカを少しずつ変えていく。

これは一方通行ではない。日本からアメリカへ、アメリカから日本へという単純な輸出入でもない。文化は、受け入れる側に「受け入れる準備」ができたときに初めて、深く入っていく。

私が長島氏の話を面白いと思ったのも、そのためである。「ベトナム戦争への反省から、アメリカ人は外国を見るようになった」。もしこれが一つの出発点だったとすれば、いま起きている日本文化への関心は、半世紀かけたアメリカ社会の自己探求の結果とも言える。

そして佐宗氏の問題提起は、そこに現在の意味を与えている。アメリカ人は、いまも競争している。消費している。分断している。政治的にも社会的にも、激しく対立している。だからこそ、その反対側にあるものに目が向く。

勝ち負けだけではない。所有することだけではない。人間だけが中心なのでもない。一つの正解だけがあるのでもない。そういう日本文化が「もう一つの価値観」なのではない。「もう一つの価値観を探しているアメリカ人」が、日本文化の中にそれを見つけているのである。

次に何が起きるのか。寿司がアメリカ料理の一部になったように、日本の包丁やまな板も、単なる「日本製品」ではなく、アメリカ人の日常生活の道具になるかもしれない。

日本庭園は、単なる観光施設ではなく、自分を静かに取り戻す場所になるかもしれない。禅は宗教というより、忙しすぎる生活を考え直す方法として受け入れられるかもしれない。そしてアニメや漫画は、日本という国を知らない若者たちに、日本人とは何かではなく、「人間はどう生きるのか」という物語を届け続けるかもしれない。

日本文化がアメリカを征服したわけではない。アメリカ人が日本人になったわけでもない。

そうではなく、アメリカ人が「アメリカとは違うもの」を必要とするようになった。そのとき、半世紀以上にわたって積み重ねられてきた日本文化との接触が、別の意味を持ち始めたのである。

アメリカ人は、いつから日本を見始めたのか。その答えは、1980年の『Shōgun』でも、2024年の『The Shōgun』でもない。もっと前だ。

アメリカが、自分自身を疑い始めたときだった。そして、その問いはこれからもずっと続きそうだ。

【参考文献】

Kasulis, Thomas P.『インティマシーあるいはインテグリティー――哲学と文化的差異』衣笠正晃訳、法政大学出版局、2016年。原著 Intimacy or Integrity: Philosophy and Cultural Difference, University of Hawai Press, 2002.

Parkes, Graham, ed. Japanese Environmental Philosophy. Oxford University Press, 2011.

Odin, Steve. The Social Self in Zen and American Pragmatism. State University of New York Press, 1996.

Kelts, Roland. Japanamerica: How Japanese Pop Culture Has Invaded the U.S. Palgrave Macmillan, 2006.

佐宗邦威「世界がいま日本文化に惹かれる理由、分断と競争に疲れた欧米が見出した『もう一つの価値観』」『JBpress』、2026年9月26日。

Shōgun. NBC, 1980.

The Karate Kid. Columbia Pictures, 1984.

The Last Samurai. Warner Bros., 2003.

Lost in Translation. Focus Features, 2003.

The Shōgun. FX, 2024.


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【PRI】When Did Americans Begin to Look to Japan? — Vietnam, Hollywood, and an Alternative Set of Values

By Tato Takahama
Pacific Research Institute
September 28, 2026

Why has Japanese culture acquired such a distinctive appeal in the United States today? The answer may lie less in Japan's ability to “export” its culture than in a long transformation within American society itself.

Strategist and BIOTOPE founder Kunitake Saso argues that Americans and Europeans increasingly see Japan as a source of an “alternative” way of thinking: an acceptance of ambiguity rather than rigid either-or choices, a willingness to value and preserve objects rather than discard them, and a conception of human life less detached from nature. His recent JBpress essay also cautions that the Japan seen from abroad is not necessarily Japan as it exists.

That qualification points toward a larger question: Did Japanese culture change America, or did a changing America become receptive to Japan?

Yukikazu Nagashima, a former editor of the Rafu Shimpo, once offered me a useful historical perspective. In his view, Americans began looking outward more seriously in the 1970s, partly as a consequence of the Vietnam War and the self-questioning it produced. Interest in foreign food, health foods, and eventually manga and other forms of popular culture reflected a broader willingness to look beyond established American assumptions.

Vietnam was not the only cause. The civil rights movement, environmentalism, feminism, Watergate, economic upheaval, immigration, and the counterculture all contributed to a period in which Americans increasingly questioned their own institutions and assumptions. But Vietnam became one of the defining experiences behind that questioning.

This helps explain why Japanese culture found an expanding audience. America did not simply receive Japanese culture; it was becoming more interested in alternatives.

American film and television then amplified that interest.

The 1980 NBC television miniseries Shōgun introduced millions of Americans to a Japan presented as a complex and unfamiliar social order. The Karate Kid (1984) offered another influential image: Pat Morita's Mr. Miyagi became an older Japanese American mentor through whom an American teenager learned discipline, patience, repetition, and self-control. The film also brought the wartime experience of Japanese Americans into popular culture.

Two decades later, The Last Samurai and Lost in Translation presented Japan in very different ways, but both treated Japan as more than an exotic setting. Japan became, respectively, a place associated with values perceived as endangered and a setting in which Americans could reconsider themselves. Both films also have obvious limitations and have been criticized for relying on Western projections of Japan. That limitation is precisely why they are useful: they reveal what some Americans wanted to find in Japan.

The 2024 The Shōgun marks a further shift. Unlike the 1980 version, it places Japanese characters, Japanese language, and Japanese political and social worlds much closer to the center of the narrative. The change is not simply about greater “accuracy.” It reflects a different relationship between American popular culture and Japan: Japan is increasingly treated not merely as an exotic object but as a world worth entering on its own terms.

Intellectual history is equally important.

Graham Parkes has used Japanese aesthetics, Zen, and Japanese environmental philosophy to question assumptions about the relationship between human beings and nature. Thomas P. Kasulis, in Intimacy or Integrity, distinguishes different cultural orientations toward knowledge, relationships, and the self without reducing them to a simple “West versus Japan” binary. Steve Odin's work comparing Zen and American pragmatism similarly asks how the self can be understood through relationships rather than as an isolated individual.

These scholars do not demonstrate that “Japanese values are better.” Their importance lies elsewhere. They show how Japanese thought can become a resource for Western thinkers examining questions within their own intellectual traditions.

That distinction is crucial.

Japan does not possess a monopoly on ambiguity, relationality, environmental consciousness, restraint, or care for objects. Nor is American culture reducible to competition and consumption. Such binaries would turn a complex cultural history into another form of essentialism.

The more interesting proposition is that Americans have increasingly wanted to explore possibilities beyond familiar assumptions—and Japanese culture has provided an unusually rich vocabulary for doing so.

In that sense, history may be read as a paradox.

Japan did not simply change America. A changing America discovered Japan.

Once discovered, however, Japanese cultural forms could themselves influence American habits, tastes, aesthetics, and ideas. Cultural exchange is therefore not a one-way export process. It depends on receptivity on both sides.

From Japanese food and gardens to anime, design, craftsmanship, Zen, and everyday objects, the question is no longer simply why Americans like Japan.

The deeper question is why, at particular moments in American history, Americans have wanted to look beyond themselves.

The story may have begun not with the 1980 Shōgun, and not with today's renewed fascination with Japan, but much earlier—when America began to question itself.

And that process is continuing.

Note: English translation was prepared by the author. Translation assistance tools may have been used.