石井志をん「マチュピチュ」

石井志をん

死ぬ前に一度マチュピチュへ行くというのが夢であった。還暦はとうの昔に過ぎ、古希を過ぎ、今は喜寿である。平均寿命から見てもその死ぬ前が今かもしれないのである。マチュピチュへ今年こそ行こう、と思った。

以前から約束していた友人達に持ちかけると誰もが都合が悪いと言う。一人残った友から「行ってみたいねー」と言う返事、喜んで旅行会社を探し始めた。長旅はしたくない、チチカカ湖へもガラパゴス諸島へも行かなくて良い、マチュピチュへ行けさえすればそれで良い。数多有る旅行会社の中から手ごろな七日間のパッケイジを見つけて申し込む事にした。この旅程にはリマに着く前の交通費は含まれない。サンノゼ空港から一番安い切符では飛行機を二度乗り継いでリマまで一日以上かかるのた。

知人にペルーの移民だった人が居るが、彼は家族と共に太平洋戦争の後で歩いてカリフォルニアまで来たと言っていた。その時彼は六歳程だった筈である。地続きである、歩行移動が可能なのである、しかも六歳の子供の脚でも歩ける距離の筈である。だが、地図を見るとペルーはコロンビアやエクアドルよりも遠い、確りと赤道の南側である。それぐらい考えなくても解りそうな常識なのだが。

「ねー、ペルーって南半球に有るって知ってた?」「知らない、そうだったの!メキシコのちょっと南ぐらいかなと思ってた」旅慣れている筈の老女二人小学校の社会科で習った事等忘れていた。

「止めようか」「止めようよ、飛行機に二十四時間も乗るなんて苦労しに行くみたい」しかも敵は三千メートル級の高地に有る、そこでハイキングするのだ。

私よりも高齢の友は先日二十分川の畔を歩いてみたら息が切れたそうで高山での歩きに自信が無くなりかけていた。

だが、私は家族、知人に「今年はマチュピチュへ行く」と公言してしまっていた。今更「止めた」とは言いたくない、矢張り行きたい、一人でも行きたい。毎朝一時間のハイキングをする私には足腰の強さに自信が有る。

仕事がら旅慣れた娘が予約した航空券はロサンゼルスからリマへの直行便で私が予約した最安値の切符より三百ドル程高い。だが、名も知らぬ僻地の小さな空港で乗り継ぎに八時間待たされるよりは良いではないか。

この時点で旅行会社への支払いをすませた。すると、担当者がベケイションに入り、彼との連絡は不可能になった。お金を払うまでは親切だったマイキーである。留守電でメッセージを繰りかえす声はこころなしか事務的で冷たい。彼の留守中臨時の担当になった女は私の質問に一度答えたきりメイルの返信も無い。

 

(続く)