LAエッセー: 半田俊夫:日中筆談と語彙と語意

By 半田俊夫 (ロサンゼルス在住)

日本への外国人旅行者が近年急速に増えた中で段トツに多いのが中国人。日本各地の街中で中国人観光客が日本人と言葉が通じない同士で筆談を試みる場面もよくあるらしい。これは運良く通じる場合も少しはあるが、一般には余り上手くは行かない。互いの語彙も語意も字も構文もそもそも文化的条件がさまざまに違うからだ。

大陸は戦後共産党政権が簡体字に変えてしまったから日本人はこれを余り読めず、中国人も日本で使われる当用漢字は読めないのが多い。台湾人は今も旧来の繁体字だから日本の漢字は易しく簡単に読むし、香港も返還後も一応は繁体字を続けているからほぼ同様だが。

だが全般に筆談を困難にする要素が多い。先ず中国側の漢字は日本の当用漢字1,850字の約3倍あり、日本に無い字の数は膨大だ。そもそもYouを意味する你(ニー)すら日本に無い。

更に同じ熟語でも互いの国で意味が違う例が多い。例えば「手紙」は日本では「便り、文」のことだが中国では「鼻紙、ちり紙」のこと。帰国する中国人に「帰ったら手紙を沢山送ってね」と書いても「えっ?」となる。
「湯」は日本では温かい水や風呂の湯だが中国ではスープ。湯麺とは汁めんのこと。「湯に入ろうか」と言えば中国人は「エッ?、ナヌ?」となる。
「老師」は日本では高齢の恩師とか老いた僧。中国では教師、先生のことで教師の老若男女は問わず、例えば若い女性でも先生なら「老師」になる。
「東洋」は日本では一般にアジアから中近東辺までのオリエント地域を指すが、中国で東洋とは日本。中国から見て東は日本だから。
「愛人」は日本では恋人でどちらかと云うと正規配偶者以外の特殊な恋人を指すが、中国や台湾では愛する夫や妻を云う。私の愛人ですと夫を紹介されたら日本人は「えっ?」となる。日本で云う恋人は中国では「情人」。
「飯店」は日本人はレストランと思うが中国ではそれも使うが本来はホテルで、レストランの意味では料理店がある。
例えば中国人が「多少銭」と書けば日本人は「多少の金(があるか)」などの意味かと思うが、これは「幾らですか?」と値段を聞く疑問文だ。

もう一つ加えよう。「野宿」とは日本語では自宅や人の家とかホテルなどのまともに寝る場所以外で、例えば自然の中とか公園のベンチなどで寝て夜を過ごす意味の表現だ。だが中国語ではこれは自宅以外のホテル、モテルや友人の家などに泊まるの意味。日本語で云えば宿泊とか一泊に当り、日本語の野宿とは自宅以外の点は共通だがあとは逆と言える。
大分昔だが、中国人が日本語で書いた日本旅行記を読んだ事があり、「その日は京都で観光をして野宿した。次の日は東京を見物して新宿で野宿した」と書いてあり、この人はどこへ行っても野宿しちゃうな、と思った事がある。

そもそも「中国」とは日本人は向こうの国名と思っているが古来中国が国名であったことは無く今も定めた国名ではない。大陸の国名である中華人民共和国の始まりと終りの中と国を取って繋げたと思っている日本人が多いが実はそうではなく、中国の意味は太古から「世界の中央の国」を意味する通称、自己尊称であり、言い換えればワシ様のような言葉で、もし日本が神国とか神州日本などと自尊称で名乗るとしたらそれに当たる。中国語を学ぶと自称「中国」の歴史と意味の両方が分ってくるので、この名で呼ぶのに自然に抵抗を覚えてくる。

中国の国名は古代より秦、漢、随、唐、呉、宋、元、明、清など多々数十もあるが中国であったことはない。現在世界中の国々は大陸中国を秦の転化のシナ、Chinaで呼んでおり、発音は国々の訛りによりチャイナ、シーナ、チーナ、チナ、チン、チャン、シーン、ヒーナ、チャイーナなど差異があるが皆Chinaで、これは世界の標準、共通語となっている。「中国」と尊称で呼んでいるのは僕の知っている限りでは朝鮮半島の南北2国(朝鮮語での読みはチュング)とベトナム、そしてあと日本だけだ。台湾の人々は自国の正式国名が中華民国であり、大陸のことは一般に通称で中共または大陸と呼ぶ。

日本は江戸中期から大戦の終戦までシナ(支那)と呼んで世界共通だったのが、大戦後、敗戦国の日本に対し中国からシナを止めるよう要求があり当時外務省がこれを受け入れ、以後中国と尊称で呼んでいる。
<完>

半田俊夫:
東京出身。パサデナ市在住。在米約40年。元航空業界商社経営。以下の諸ボランティア活動を行う:羅府新報の随筆「磁針」欄に毎月執筆。日刊サン・ポエムタウン欄の川柳選者。パサデナ・セミナー会主宰。命の電話友の会、茶道裏千家淡交会OC協会などで会長として現役ボランティア活動。他に南加日系商工会議所、日米文化会館、小東京評議会、南加県人会協議会、米国書道研究所などの理事役でもボランティア活動中。日系パイオニア・センター、L.A.東京会、および小東京ロータリー財団の会長を歴任。リトル東京ロータリークラブ創設会員。南加日商の元会頭。

(本稿はロサンゼルスの日本語新聞・羅府新報の「磁針」欄に2018年6月掲載された文に大幅加筆したものです。)