このテキストは、香川県高松市の研究グループが発行する「新文明」2014年版(7月発行予定)への寄稿分です。
東 繁春 カルチュラル・ニュース編集長、ロサンゼルス在住)
「新文明」の主宰者、真屋正明さんの博識と行動力には、いつも驚いています。真屋さんの活動のひとつに高松アセアン協会というのがあって、昨年末、会報を送っていただきました。その会報を開いたとき、標語というか広告の形で「飛び出そう、若者よ。高松アセアン協会」というキャッチフレーズがありました。わたしは、その時、そうだ、そうだ、若者よ、世界に飛び出して、世界一の美男、美女を配偶者として、高松に連れて、帰って来い、というひらめきが沸いてきたのでした。
わたしの母は、今、八三歳で、広島県呉市で健在です。母は、わたしが子供のときから「わたしの老後は、子供の迷惑にならないようにするから、子供は、好きなように生きていい」という趣旨のことを繰り返し言っていて、わたしは、その言葉を真に受けて子供のときから将来、親といっしょに暮らすとか、世話をするということなど、いっさい考えず、三三年前にロサンゼルスに渡り、そのままアメリカに住みついてしまいました。
この十年、年老いていく母や父を見ていると、ひとは、年老いてくると、子供の顔を見たいという気持ちが年々、強くなっていくことに気がつかされます。
アメリカ人も核家族です。日本よりも、一世代くらい早く核家族が進んでしまったのが、アメリカです。アメリカは、人口が三億人で、国土は日本の二五倍ですから、いちがいに、アメリカ人はとはこうだと説明することは、難しいのですが、わたしは、たまたま、こうゆう例をみました。老後のことを準備する年齢になると親は、自分の家を売って、子供のいる都市に引越して行きます。例えば、ロサンゼルスに住んでいたひとがシアトルに引越して行きます。これは、鹿児島に住んでいたひとが家を売って、北海道に家を購入するようなものです。
引っ越した先で、元気なうちは、自分の住宅に住んでいますが、弱ってくると介護施設に入ります。子供や孫たちは、親と同じ町に住んでいるのですから、介護施設にいる親に頻繁に、会いに行くことができます。親が介護施設に入って、その住宅が不要になれば、その住宅は子供の資産になります。
日本の伝統的な家族制度も、畑や資産を子孫に残していくことが重要な役割だったことを考えると、アメリカ人の老後の引越しというのは、意外と日本式なのかもしれません。アメリカでは、住宅の売買が簡単で、家が古くなっても、資産価値が下がらないという考え方があることが、こういう形での資産譲渡を可能にしています。
アメリカ西海岸に日本人が定住するようになって百年以上の歴史があります。単身で移民した一世たちが、写真だけの見合いで日本から嫁を呼び寄せる写真結婚という時代が大正までありました。第二次世界大戦では、日米間の連絡が取れないため、家族が分断されました。戦後は、今のように日米間の航空運賃が安くなかったので、アメリカから何十年ぶりの里帰りということがありました。日本人がアメリカに行くことは、まず考えられなかった時代です。
そうしたアメリカに住む日本人とその子孫のことを、わたしはアメリカ系日本人と呼んでいます。日系アメリカ人という言葉は、ジャパニーズ・アメリカンという英語の直訳で、わたしは、これは、日本で使うときには、誤訳ではないかと、考えています。
そして、こうしたアメリカ系日本人やブラジル系日本人の歴史体験は、これから増えていく、タイ系日本人やフィリピン系日本人に役立つものがたくさんあるのではないかと思います。
第二次世界大戦の終結後、アメリカから日本に、多くの日系二世の兵士が送られました。そしてこの二世兵士たちは、日本から花嫁をたくさん連れて帰りました。いわいる戦争花嫁と呼ばれる世代の日本人女性です。わたしは、ロサンゼルスで七十代から八十代になる戦争花嫁たちに会う機会がありましたが、美人の多いことに驚きました。年老いてもきれいな女性ですから、二十代のときは、とても魅力的な女性だったに違いありません。そして戦勝国からきた日系兵士たちは、彼女たちにとっても、魅力的な存在だったろうと想像できます。
この戦争花嫁の話は、ちょっと極端と思う方もいるかもしれませんが、国や文化を越えて人々が交流するとき、相手に言葉や文化の違いなどたいしたことではないと、思わせるくらいの強烈な魅力をもっているかどうかが、国際交流が成功するかどうかの決めてになるのです。姉妹都市交流や国際交流をするとき、相手側を理解し、その魅力を見つけることはもちろん大事なことですが、それ以上に大事なことは、自分たちの魅力をどれだけ相手側に伝えることができるかということなのです。
日本側の市と姉妹都市関係を持つアメリカ側の市に住むひとたちは、日本に興味を持っています。日本が魅力的な国だと思っています。日本に行ってみたい、日本文化を体験してみたいと思っています。ところが、姉妹都市交流は市役所の管轄なので、アメリカ側の市から観光旅行を募集して日本の市へ行くとか、また逆に、日本からアメリカに行くことをやっていません。何十周年記念で使節団を送るということは、ありますが、これも、市の予算がなければできないことです。せっかく姉妹都市を持っていながら、それを実業に生かしていないというのが、実情です。
インターネットの発達で、外国からの情報が驚くほどの量と早さで入ってくる時代になっています。航空機の発達も、驚くものがあります。近年、羽田空港にアメリカからの直行便が入るようになって、旅行ルートも変わってきました。従来であれば、ロサンゼルスから高松に行くときは、まず、成田空港に到着して、一泊しないと高松に行くことができませんでした。
外国人の日本観光旅行ルートも、成田空港から始まり、東京、京都がメインで、そのあと時間があれば、付け足しで四国に行くという考えでした。
ところが、羽田空港で国際線と国内線が直結した結果、ロサンゼルス便は朝五時に羽田に着きます。そして、朝七時から九時台にかけて始発の国内便に乗れば、日本の地方都市には、午前中には到着することができるようになりました。つまり、外国人の日本観光旅行が、高松から出発できる時代に、私たちは生きているのです。
私は真屋さんとのご縁があって、十年くらい前から高松を訪問するようになりました。そしていく度に、高松ほど外国人の観光旅行に適した市はないのではないかと考えるようになりました。高松の魅力は、東京、大阪のように都市化していないこと、昭和の日本文化にあふれていること、栗林公園、玉藻公園のように伝統ある日本庭園が町のど真ん中にあること、そして、瀬戸内海の温暖な気候です。
私の考える高松を中心とする外国人の日本観光旅行は、高松に宿を決めて、日帰りで高松から京都、姫路、広島を観光するという日程です。もちろん、松山など四国内にも日帰りで行けます。海外旅行というと毎日飛行機に乗って違う都市に移り、ホテルも毎晩変わる日本式からは、意外と思われるかもしれませんが、ヨーロッパ人の海外旅行は拠点地を決めて、そこから日帰り旅行をするというのが、当たり前です。日本では、JRパスといって一週間と二週間の乗り放題の切符が外国人向けに売られているので、こういう旅行ができます。
日本を初めて訪問するひとにとって、毎日ホテルが違う旅行をするよりも、同じホテルに長く泊まる旅行のほうが、深い印象が残ります。
従来の四国からの海外への観光キャンペーンは、日本政府観光局が用意する東京・京都旅行(旅行業界ではこれをゴールデンルートと呼びます)プロモーションに香川県庁や愛媛県庁の観光課が付いて行き、東京・京都のあと、時間があれば、四国もいいところですよ、四国にも来てください、と説明していました。
外国人向け日本観光旅行は、すでに、高松市や松山市から始められる時代に来ています。高松市から外国人観光旅行が出発した場合、まず、観光バスは高松市近郊のバス会社を使ってもらうことができます。そして、京都や広島に行くときの通訳も高松市近郊に住むひとの仕事になります。高松が、日本滞在の最終地であれば、お土産を買ってもらうことができます。
これまでのように、香川県と愛媛県が仲良く、同じ四国同士だからと、いっしょに海外キャンペーンをする時代は終わっていると思います。高松市と松山市がライバルになって外人旅行誘致を競争する時代に来ているのです。松山も十分、外人を魅了する市です。そして高松も松山に負けないくらいの魅力を持った市であることを、高松の市民に知ってほしいと私は思っています。
この三月、わたしは、ロサンゼルスの地蔵ピースセンターのルース・ハンディーさんといっしに、高松を中心とした四日間の四国霊場巡りをしました。香川県庁観光課からNPO法人「遍路とおもてなしのネットワーク」事務局長の宍戸栄徳(ししど・はるのり香川大学名誉教授)先生を紹介いただき、宍戸先生の案内で、八八番大窪寺、五番地蔵寺、三七番岩本寺などを回りました。また、七二番曼荼羅寺と七五番善通寺は、琴平バス・タクシーの前谷聖二さんに案内していただきました。
札所巡りをして気がつたことは、四国霊場巡りというのは、壮大なテーマパークであることです。四国全体がテーマパークだったのです。仏教をテーマにしたテーマパークなのです。ウォルト・ディズニーがテーマパークを作ったのは六十年前ですが、日本では三百年前にすでにテーマパークが出現していたのです。遍路者の着ている白衣は、テーマパークへの通行手形だったのです。
地元のひとには気がつきにくいこととは思いますが、このテーマパークは、世界中からひとを呼び寄せる魅力を持っています。わたしは「四国巡礼入門」とでも言うような外国人向けツアーを考えています。高松の宿を中心に、四日間程度で、札所を回るツアーです。山深い大窪寺も、本山格の善通寺にも日帰りで行くことができます。オプションで、栗林公園や玉藻公園を散策したり、金比羅山に行くという旅程も可能です。
ロサンゼルスには、四国霊場巡りに興味を持っているひとはいるのですが、これまで入門的なツアーは行われていませんでした。アメリカ人も、一度自分で体験すれば、その後は、長期日程で巡礼を始めることができると思います。高知県の岩本寺で聞いた話では、カナダとオーストラリアからバックパックを担いで来る人が多いが、アメリカ人は見ないということでした。
外国人が四国巡礼に来て、四国の魅力にとりつかれて、四国に住むようになってくれたらいいなと、思っています。留学のように行った先で仕事の当てがない海外行きの場合、親が子供に援助することが多いと思います。わたしも、呉の親に援助してもらいました。そのとき、親の立場で、大事なことは「嫁さん(あるいは婿さん)を連れて帰っておいで」としっかりと子供の脳裏に刷り込むことです。すぐに嫁さんを連れて帰って来なくても、二十年、三十年後に家族を連れて日本に戻ってくることがあるかもしれません。あるいは、孫が、日本の大学で勉強したいと、日本に来て、卒業後はそのまま、日本で就職するかもしれません。
自分が年老いて、子供の顔を見たいという気持ちが強くなったとき、子供に、そばに居てほしいという気持ちを伝えることは、親として自然なことです。それを、格好をつけて「親のことは心配しないで、自由に外国で仕事しなさい」というと、本当に子供は日本に帰ってこなくなります。どんなに遠い外国に行こうが、年老いた親の世話をするのが子供の仕事と教えることは、二一世紀でも必要なことであり、また、どんな時代が来ようと変わらない本来の家族のあり方だと、わたしは思います。
(了)

