LA Genji Monogatari Seminor No 16 Text P01

世羅博昭先生のオンライン講義

第16回 ロサンゼルス源氏物語講座

4月15 日、水曜日、午後6時(ロサンゼルス時間・夏時間)から8時まで =
日本時間4 月16 日、木曜日、午前10時から12 時まで

 

『源氏物語』を読む(16 )「紅葉賀」巻を読む②/藤壺、源氏との間の不義の子を産む

第16回「ロサンゼルス源氏物語講座」の概要
 前回は、「紅葉賀」巻の冒頭を読みました。桐壺帝は藤壺のために、清涼殿の庭で、舞楽の予行演習を行い、源氏と頭中将が「青海波」を舞いました。源氏の舞はすばらしいものでした。その夜、藤壺と源氏の関係を知らない桐壺帝は源氏の素晴らしさをほめ讃えますが、それを聞く藤壺は、不義の子を身ごもっている罪意識で身を切られる思いでいます。翌朝、源氏は自分の舞をどう見たかと藤壺に歌を贈りますが、源氏に心惹かれている藤壺は、これ以上、源氏と係わりをもってはいけないと思いつつも、舞がすばらしかったと返事をしてしまう。その歌に込められた、藤壺の屈折した思いを読み解いてきました。

今回は、最初に、藤壺が皇子出産後、初めて参内して、皇子を桐壺帝に引き合わせた場面における、皇子に対する帝の反応と、それを見る藤壺と源氏の反応を読み解いていきます。さらに、源氏と藤壺が不義の子をめぐって詠んだ歌を取り上げて、それぞれの複雑な思いを読み解いていきます。最後に、藤壺の「形代」として二条院に引き取られた紫の上がどのように育っているか、その姿を探っていきたいと思います。


4月15日のセミナーで出た質問:東宮は、どこに住んでいたのですか?

徳島の稲井さんからのEメール:

東宮とは、皇太子を指す場合と、皇太子の住居を指す場合とがあります。住居がどこにあるかという問いならば、皇居の東にあります。皇太子が宮中のどこにいるかという問いならば、天皇の御前の庇の間(ひさしのま)に参内して、帝を拝謁するだろうと思います。母(弘徽殿の女御)の所へ立ち寄る可能性もありますが、そんなことは書かれていません。常識的に考えて、口うるさい母の許へは挨拶ぐらいで、あまり行きたがらないでしょう。お気に入りの女房がそこにいるなら話は別ですが。

源氏の兄、弘徽殿の女御の子が、皇居の外に東宮坊を与えられていたその根拠は、桐壺の巻に、「この御子(源氏)生まれ給ひて後は、(帝は)いと心ことに、おもほし掟てたれば、『坊にも、ようせずば、この御子の居給ふべきなめり』と、一の御子の女御は、思し疑へり。」とあるからです。「坊」というのは皇太子のことですが、住居をも意味する言葉です。

一方、帝は源氏のために、桐壺の更衣が住んでいた二条邸(故按察の大納言邸)を増改築させ、お兄さんの東宮坊に劣らない立派な二条院に住まわせました。しかし、帝が、藤壺同様、源氏を他の子よりも特別に引き寄せ可愛がるので、源氏は普段からしばしば宮中へ行ったのではないかと思います。宮中には母がかつて住んでいた淑景舎を寝泊まりにします。源氏は帝の影響を強く受けて育ちました。