福島原発事故の国際会議を聞いて

2011.10~13福島取材同行報告
岩谷和夫 (広島県立健康福祉大学名誉教授、放射線測定の専門家) 2011.9.19

1.いきさつ

ロスアンゼルスの Cultural News 紙主宰の友人東繁春氏より、福島取材に放射線の専門家として同行しないかと誘いがある。今回の取材対象は、11月11日,12日の二日間福島市内の県立医科大学で開催される国際専門家会議で、これは、日本財団が主催して海外から32人、国内から20数人の専門家を招いて福島原発事故問題を討議するというもの。

今年度医科大学の副学長に就任した長崎大学の山下俊一教授が中心になって推進しようとしている「福島県民健康管理調査」 に会議がお墨付きを与えるというのが目的らしい。しかし、日本財団のねらいはもっと根本に触れる意図がありそうである。

実際、海外からの参加者は、国際放射線防護委員会(ICRP)、国際原子力機関(IAEA)、国連科学委員会(UNSCEAR)世界保健機関(WHO)ほかで、原発および放射線の防護を対象とする世界レベルの活動団体が一堂に会するという、かつて無い、なんとも贅沢な会議である。これまでチェルノブイリ原発事故関連の調査研究に民間の立場で多額の費用を支援してきた日本財団だからこそ、このような発想ができたとも言える。もう一つの特徴は、会議開催に当たって、メディアの取材参加を積極的に呼び掛けていて、会議開
催日のほぼ直前までメディアの参加申し込みを受け付けていたことである。

東氏はこの4月にすでに1回福島県内を取材しており、これで2回目の取材旅行である。取材は上記会議のほか福島市内渡利町のそらまめ保育園と郡山市教育委員会をインタビューし、かつ郡山市が進めている公園の除染作業を取材した。

2.国際専門家会議

会議では合計26の演目で学会形式で発表がなされた。このうち7演目が日本人で、主として放射線医学総合研究所、広大原爆放射線医科学研究所、放射線影響研究所などからの発表である。会議で印象に残った2点について触れよう。

1)リスクコミュニケーション

多くの演者がリスクコミュニケーションという言葉に言及した。昔は確か Public Consent(公衆の同意、略して PC)と言っていたと思うが、原発推進側にいる人々にしか通用しない隠語または呪文のような言葉である。会議ではこの言葉だけが飛び交い、具体
的に説明されない。リスクのことを住民に知らせるための具体的な努力について報告が無い。あったのはただ一つ、広大の神谷グループのものだけであった。このグループは避難困難者に対して介護移動作業を行い、かつ、延べ8千人以上の住民に放射線についてのレクチャーを行ったとのことである。

2)ジョン・ボイスJr 氏の勇み足?

米国・国際疫学研究所のボイスJr氏は次のように話した。

「福島ではこれまで確定的影響の発生はない。死亡者はいない。さらにこれからの調査によって健康リスク情報が得られる可能性は無い。なぜなら被ばく線量が少なすぎるから・・・。」

確かに、放射線被ばくによる死亡の情報は聞いていない。確定的影響は、250mSv以上の被ばくでまず白血球減少に始まる身体ダメージの発生のことである。このような例があるとすれば原発の作業者で厳しい放射線環境で作業をした人々にありそうだがはっきりとした情報は私たちに届いていない。しかし、海外からの会議参加者に対して会議前に東電か誰かかが 250 mSv 以上の被ばく者はいないと報告しているのかも知れない。それが正しい情報であることを祈りたい。

健康リスク情報の有用なデータは、広島・長崎の寿命調査(LSS)データで不明の被ばく量ゼロから200 mSv までのものが予想されている。半径 20 km 圏の住民を強制退去させたとは言え、 20 mSv/y 前後の有意な被ばくは確実に存在する。また、20 mSv/y
を大幅に超えるところが有るかもしれない。今となってははっきりしないが原発建物から漏えいした直後の、まだ測定体制が整っていなかった時点での被ばくも問題で再評価しなければならない。福島市内で漏えい直後に測定が開始された時のデータが 20μSv/h だったとの記録もある。さらに、原発事故そのものがはっきりと収束していない今日、氏の言うように楽観視はできない。

3.福島と放射線管理区域

これまでのところ福島原発から大気中に放出された放射性物質は、チェルノブイリ原発事故の場合の約 1/7 とされている。このようなチェルノブイリと比較される程度の極めて大量の放射性物質が放出されたので、結果として、半径 20 km 以内を警戒区域にして7万8千人を退去させねばならなかった。なお、 20 km ~ 30 km では計画的避難区域として、 20 mSv/y を超えることが予想される場合には退去すべしとされた。

これまで一般公衆に対する放射線防護の基準は 1 mSv/y であったが、今回政府はこれまでの 20倍の 20mSv/y を基準とすることにしたようである。この基準下でも確かに確定的影響の発生は考えにくい。しかし、確率的影響は確実に 20 倍に緩くしたことになる。これ自体大問題で、放射線の人体影響についてきちんと教育を受けた者が影響が無いなどとは言えないはずである。さらに、この変更はただ単にそれだけにとどまらない発想の転換を強いている。

つまり、福島県民は事実上、文科省が定めている放射線障害防止法で規制を受ける「放射線取扱従事者」になったのである。放射線取扱従事者の被ばく線量限度はまさに20mSv/y(正確には 100 mSv/5y)である。そして放射線管理区域の境界における空間線量を 1.3 mSv/3月(0.6 μSv/h)以下に管理する必要がある。原発から遠く離れた福島市でさえこの管理目標を達成するのが大変という状況であるが・・・。管理区域を設定したら、責任者は国家資格の免状を持つ放射線取扱主任者を選任してその者に放射線取扱の監督をさせる。従事者には個人被ばく線量計(フイルムバッジなど)を支給し1か月毎に回収して被ばく線量の測定を行い、記録にとどめ、かつ本人に測定結果をしらせる。また従事者に対して、管理区域に初めて立ち入る前に取扱い従事者用の健康診断を行い教育訓練を実施する。さらに取扱者手帳(被爆者手帳)を支給する。

以上のように考えると、福島県や市町村の自治体が取り組むべき施策は明らかである。実際9月16日の報道であったか、福島市では幼児と8歳までの児童一人ひとりに個人被ばく線量計を支給したとのことである。大変的確な措置と思い、敬意を表したい。