2017/映画上映 「Norin Ten -稲塚権次郎物語-」 世界の小麦を育てた日本人の物語、5月13, 14, 15日

Film Norin TenNorin Ten –稲塚権次郎物語
世界の小麦を育てた日本人の物語

5月13、14、15日上映

監督・脚本 稲塚秀孝
110分    インターナショナル・プレミア上映
NORIN TEN」上映のスケジュール
5
13日(土)New Gardena Hotel (Gardena) 2:30pmから
514日(日)東本願寺(コスタメサ) 1:00pmから
515日(月)Toyota Automobile Museum(Torrance) 6:30pmから
すべての上映に稲塚秀孝監督と俳優・松崎謙二さんが来場し、
トーク!サイン会を行います。

チケットはWEBサイトから購入できます。前売り$12、当日$15
http://www.jffla.org/ja/norin-ten-gonjiro-inazuka-story/

「Norin Ten -稲塚権次郎物語-」
1960年代、世界の食糧危機が起こった時、インドやパキスタンの人々を飢えから救った小麦があった。その小麦の基となったのは「NORIN TEN」(小麦農林10号)と呼ばれた、日本人が育種した小麦だった。

「NORIN TEN」を作ったのは、育種家 稲塚権次郎(1897~1988)。今から80年前、昭和10年岩手県立農事試験場で育てられたのである。この物語は、今では世界の小麦の70%以上の基となった「NORIN TEN」の育種者 稲塚権次郎の愛と苦悩と葛藤を描きます。そして大正から昭和に至る時代背景とふるさと(現在 富山県南砺市)の美しい自然が舞台となりました。

あらすじ: 明治末期、富山県城端町の貧しい農家の長男に生まれた権次郎は、向学心に溢れ、富山県立農学校(現在の南砺福野高校)を首席で卒業。「種の起源」(ダーウイン著)と出会う。

農家を救うためには、美味しくて収量の多い米を作ることが必要、東京帝国大学農学実科に進学。大正7年農商務省に入り、秋田県大曲にある陸羽支場で、「陸羽132号」そして「水稲農林1号」の育種に取り組む。権次郎は生真面目な性格で、周囲に溶け込めなかった。

上司の永井の勧めで「謡」を習い、生涯の伴侶となる佐藤イトと出会う。一目ぼれした権次郎は、ふるさと西明で祝言をあげた。大正15年、突然岩手への転勤を命じられる。

岩手は小麦の育種が主流、稲の研究成果は、新潟農事試験場の並川に受け継がれ、「水稲農林1号」は「コシヒカリ」となる。稲の育種の機会を奪われた権次郎だが、小麦増産が国家的プロジェクトと知り、岩手県農事試験場に移り次々と小麦の新種を開発。昭和10年秋、小麦農林10号=NORINTENが完成した。

特色は半矮性、従来の小麦に比べ、背の低い品種で穂が倒れにくく、栄養が行きわたりやすかった。昭和13年、権次郎は華北産業科学研究所(北京)に異動。イトも同行した。

昭和20年、敗戦、中国側の意向により、2年間留め置かれた。戦争末期の混乱から、イトが精神的に錯乱を起こした。昭和22年秋帰国。権次郎はイトとの穏やかな生活を選び、金沢に赴任した。定年後は地元の農家のために、圃場整備に力を注いだ。

昭和50年頃、思いがけない知らせが届く。「小麦農林10号」の種が戦後米国に送られ、世界の食糧危機を救う基になったのだ。昭和48年最愛の妻イトが亡くなると、野焼きで見送った。「妻イトには中国で大変な労苦を掛けてしまった」と悔やんだ。

昭和56年、ノーマン・ボーローグ博士と対面。世界の小麦を変えた二人が手を握り合った。昭和63年12月7日、稲塚権次郎死去。享年91

出演者のことば

仲代達矢: 映画が美しい。風景が美しい。稲塚権次郎は目的があって夢を持って歩いている人は美しいんですよ。農業の美しさ、田んぼが真四角に区切られて、日本独特の美しさですね。特に今の若い人に知ってもらいたいね。

かつての日本は、戦争なんて変なものがありましたけど、人間は美しかったんですよ。だから「NORIN TEN」はやっぱり美しい映画なんですね。人間は、生まれて、生きて、死ぬわけでしょ。生きてる間に夢をぶつける人間は一番幸せだと思います。

松崎謙二:この映画は単に権次郎さんの業績を表す映画ではありません。愛、情熱、友情そして戦争、人間に関わる多くのテーマがそこにあります。権次郎さんはいつも正面から、逃げることなく、粘り強く向き合ったと思います。まっすぐに生きた権次郎さんの生涯を感じて戴ければと思います。