第63回海外日系人大会(2023年10月17日)で発言:ロサンゼルス「高齢者を守る会」入江健二医師、高齢者施設の必要を説明

東京の第63回海外日系人大会のパネルに参加したロさんセルスの入江健二医師(写真右)と池田啓子博士(写真左)(Photo by Yume Aasakura)

皆様、こんにちは。ご紹介いただいた入江です。

2001年放映のNHK連続テレビ小説「ちゅらさん」で人気を博した沖縄の名女優・平(たいら)とみさんが、2005年の雑誌「サライ」で「文化というのは心です」と述べておられます。更に、「心を伝える最も大切な文化は言葉」とも仰っています。このことを一番切実に感じているのは、移住先の海外で若い頃覚えた現地の言葉を徐々に忘れて高齢化した日本人ではないでしょうか。私もその一人です。

日本語で話が通じるという安心感。そして日本語が醸し出す穏やかで和やかな雰囲気。そういうものを高齢者は求めています。そういう安心感と雰囲気の中で晩年を過ごしたいと切望しています。晩年に身を置いた場所で言葉が通じるか否かは、その人の人生が幸せだったかどうかを決める大きな要素と言い切ってよいと思います。

もう一つの大きな要素は、経済的な問題です。言葉が通じる場所に、お金の心配をせずに居住し続けることができるか、という問題です。

かつてロスアンゼルスの日系社会には、この二つの要素が揃った非営利の高齢者施設が存在していました。敬老看護ホームと敬老中間看護ホームです。そこには日本人看護師も日本人ボランティアも大勢いて、日本食が提供されていました。それに、NHK TVプログラムも常時見ることができただけでなく、高齢の居住者がどこか具合が悪くて呼ぶと、看護師が走ってベッドサイドまで来てくれるという伝統がありました。その様子を私は、医師として回診の度に見ておりました。この伝統のおかげで、施設の中に糞尿の悪臭がない、怒りや不満の叫び声がない、床ずれができにくく、できても直ぐ治るという特長が得られ、全米一の看護ホームという評価に繋がりました。

また、居住費支払いが長期化して個人の蓄えが底をつくと、ほぼ自動的にメディキャル(全米的にはメディケイド)という政府管轄の医療保険が適用され、経済的にも心配せずに介護を受け続けることができました。

敬老ナーシングホームは、1964年東京オリンピックの実現に貢献した日系二世として有名なフレッド和田さんなどの努力で1969年に設立されましたが、2016年2月、経営困難を予測した当時の敬老理事会により営利会社へ売却されてしまいました。これによって日系人経営による日系高齢者施設は全米で皆無となりました。

この事態を前にして、私の属する「高齢者を守る会」がロスアンゼルス日系社会で設立されました。私たちは当初、売却した理事会を批判し、「買い戻し、もしくは再建」を要求しましたが、施設運営を嫌った相手にいくら働きかけても、意味のある反応は得られませんでした。2019年、全米的に展開したアンケート調査で大多数の日系人・日本人が日系高齢者施設を求めている結果が得られ、これに基づいて「会」の運動は、「非営利日系高齢者施設の再建」へ大きく方向転換しました。それのみが、日系の高齢者へ真に責任を取る運動方針と理解したからでした。

新しい方向へ会が歩み始めたのが、2020年の春先でした。時あたかも、コロナウィルスによるパンデミックが始まった頃です。所有者が代わった旧敬老看護ホーム(現ケイアイLAナーシングホーム)では、恐ろしい事態が進行しました。同年6月、営利を目的とする経営者が、ロスアンゼルス郡から「COVID19治療施設」としての資格を取得し、周辺の大病院から治療途上のコロナウィルス感染者を多数受け入れるようになりました。連邦政府および州政府からのコロナ患者介護への支払いが潤沢だったからです。死者が発生すれば、すぐまた感染者を入居させました。その結果、300床のこの施設で、衛生管理の杜撰さと相俟って約2年間に感染者数は延べ500名近くに上りました。スタッフの感染者数はこれに含まれていません。居住者中のコロナ感染による死者は115名。これは、カリフォルニア州全高齢者施設で最悪の感染率・死亡率であり、恐らく全米でも最悪の施設であったと思われます。その悲惨な事態は、2021年3月1日付LAタイムスで詳しく報道されました。

類似の事態はもちろん、全米のあちこちで発生しました。施設が営利目的である限り、同じことはまた必ず起こります。こうした悲惨な事態を未然に防げる非営利ナーシングホームの建設を私たちは目指しています。

米国西海岸の日系社会は、第二次世界大戦中、米政府による強制収容という試練を体験しました。そして今、全米を覆う「高齢者軽視」の政治的風潮を前に、日系社会自らの中で分裂している余裕はありません。私たち「高齢者を守る会」は、旧敬老施設の売却責任を負う敬老理事会をも仲間として招き入れ、若い世代の協力も求めながら、日本文化に基づくケア、居住者にとっての経済性、そして安全性という三つの条件を満たすナーシングホームの建設に運動の焦点を合わせ、これからも歩んで参ります。

本日ここにお集まりの皆様のお国でも、形を変えた同様の問題がきっと存在するものと推察いたします。今後皆様と情報を交換し合い、励まし合い、より良い未来を切り拓いてゆきたい、と私たちは希望しております。

皆様、どうぞよろしくお願い申し上げます。

ご静聴ありがとうございました。