2021 / カルチュラル・ニュースのウエビナ―/ きてみんさい広島へ/ 今回は、広島の近代史から、似島が被爆者1万人の避難所となった理由/ ロサンゼルス時間12月3 日午後7時から

写真は左から、原爆ドーム、似島の地図、昭和11年の宇品港。

(カルチュラル・ニュース編集長)これまで原爆で破壊される前の広島の歴史を紹介してきたカルチュラル・ニュースのウエッビナー「きてみんさい広島へ」シリーズは、今回は、広島の近代史を取り上げ、明治維新後、広島が陸軍の物流拠点地として発展してきたことを紹介します。

日清戦争、日露戦争によって、大陸に派遣された兵士が伝染病を日本に持ち帰る可能性があるため、広島市の沖合の似島(にのしま)に数千人の兵士を収容する検疫所が作られました。普段は使われていないこの施設に、原爆投下直後に陸軍船舶隊(通称・暁部隊)によって1万人の被爆者が運ばれました。

原爆投下から1週間以内に、鉄道、市内電車、水道、郵便が復旧し、死亡者名簿が公表されるようになったのも、暁部隊1万人が動員されたからでした。

今回も、広島市役所を引退した都市計画の専門家、山崎学(やまさき・まなぶ)さんが日本語で解説し、同時に英語の説明を背景に表示します。

 

カルチュラル・ニュース無料ウエビナ―
12月3日、午後7時から(ロサンゼルス時間)
12月4日、正午(日本時間)

ウエビナ―のタイトルは英語で表記されます: How 10,000 Hiroshima victims were transported to shelters in atomic bombing 1945 – Modern History of Hiroshima: Ujina Port, Ninoshima Island, and Army’s Akatsuki Division

ウエビナ―の登録リンク

https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_8vEbfQvMRDaMvifEqU-rbw

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では、カルチュラル・ニュースのウエビナ―でお会いしましょう。