嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2021年7月9日)

「兵舎にも蛍が来ると子の便り」井川五橋(ロサンゼルス)

五橋の句集「じゃこらんだ」に収められている一句。句集は1981年に自費出版されました。長年ロサンゼルスの俳句結社「橘吟社」で活躍。それだけでなく、ロサンゼルスの時鳥(ほととぎす)俳句会や巣燕(そうえん)句会にも毎月投句し、サンディエゴの秋桜(しゅうおう)句会にも度々遠征、日本のホトトギスにも投句していた「熱心家」であったようです。句集に収められている写真からは優しい、真摯な人柄がうかがえます。句集にある30句ほどにはローマ字読みと、それぞれの英訳も付けました。子どもや孫たちに読んでもらいたいためです。そこに五橋の温かさも感じられます。

1905年、山口県生まれ。戦後の1957年に渡米しました。奥さんが日系人だったためのようです。俳句は子どものころから好きでしたが、アメリカに来てから本格的に始めました。句集の「あとがき」に、次の一文があります。

「私はこれまで日本の俳句雑誌に頼ることをせず、先輩の指導のままに学んできたもので、俳句には個性が必要であり、それの無いものは価値がうすく、アメリカにはこの地の個性があり、その地方色の濃いものを作るよう教わったし、今もその心に変わりはない」

さて、掲句。これは第二次大戦後に作られたもので、送られてきた息子の便りは、戦闘が展開されているどこかの戦地からのものではなく、徴兵されて、兵役を務めているアメリカ国内のどこかの兵舎から送られてきたものではないかという気がします。

それでも兵役の経験のなかった息子を、送り出したあとも心配している父親がここにいます。そして、その父親は、届いた息子からの便りにホッとした気持ちになっています。その気持ちを蛍が象徴しています。それと同時に、自分と同じように、小さな虫に思いを寄せている息子に「ああ、やはりお前は俺の子だ」といった感慨に浸っているのも間違いないでしょう。この句は、英訳された一句に含まれていました。この息子さんは今、どんな気持ちでこの句を読むでしょうか。

    even some fireflies make visits

    to our barrack

    so says son’s letter

【季語】蛍=夏、句集「じゃこらんだ」(1981年、橘吟社発行)より。

嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住42年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。

今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指した。

このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置にも迫る。