令和2年秋の叙勲受章者デニス・オオツジ氏への叙勲伝達式がロサンゼルス総領事公邸で行われました、3月9日

 

 

3月9日に武藤顕ロサンゼルス総領事から旭日双光章と証書を受けた令和2年秋の叙勲受章者デニス・オオツジ氏(左)(写真提供=ロサンゼルス総領事館)

3月9日にロサンゼルス総領事公邸で行われた令和2年秋の叙勲受章者デニス・オオツジ氏に対する叙勲伝達式の記念写真(写真提供=ロサンゼルス総領事館)

在ロサンゼルス日本国総領事館は、サンディエゴ日本友好庭園協会会長のデニス・ユキオ・オオツジ氏(令和2年秋の叙勲受章者)に対する叙勲伝達式をロサンゼルス総領事公邸で2021年3月9日(火)に行いました。新型コロナウイルス感染症拡大の影響下、叙勲伝達式は極めて少人数で総領事公邸にて行われました。

デニス・ユキオ・オオツジ 【旭日双光章】 (令和2年秋の叙勲受章)
https://www.la.us.emb-japan.go.jp/itpr_ja/news_Jokun_2020f.htm

デニス・オオツジ氏は,50年以上に亘り造園業及び都市設計に携わってきました。由緒ある世界的な造園家の団体である米国ランドスケープアーキテクト協会(ASLA)の会長も歴任し,情報発信,唱道や教育等を通じて造園業を推進してきました。また,日米の友好を象徴するサンディエゴ日本友好庭園協会の会長として,精力的に日本の文化・伝統の普及に尽力してきました。さらに,同氏は,「マンザナー日系人強制収容所」の史跡モニュメントの設計と管理計画及び「全米日系米国人記念碑」の建設促進を通じ,日系人の強制収容の歴史の伝承へ貢献しました。

オオツジ氏は,平成11年にサンディエゴ日本友好庭園協会の理事に就任し,平成21年以降,現在に至るまで会長職を務めています。平成27年に完成した同庭園の拡張事業では,ランドスケープアーキテクトとして革新的な設計案を提案し,日本文化・伝統の普及のための更なる価値を加えただけでなく,会長として長年築きあげた人脈と優れたマネジメント・スキルを駆使し,サンディエゴ市と協力しながら,事業の推進に多大な貢献をしました。また,同氏は,国際的な寄付を含む610万ドルを調達するなど,主要な資本調達キャンペーンの指導的役割を果たしました。令和2年6月に,同庭園は,アメリカ博物館同盟により,博物館として認定された米国初の日本庭園になりました。同氏は,同庭園を通じて日本の文化と伝統をさらに広めることに現在も情熱を注いでいます。

昭和54年以降,オオツジ氏は,ASLAの会員として積極的に活動し,平成6年に同協会会長に就任しました。平成10年に,同氏は,造園業への比類のない貢献により,ASLAから会長賞を受賞しました。平成4年,ASLAで政策担当副代表を務めていた同氏は,ASLA委員会の委員長として,マンザナー委員会とマンザナー諮問委員会及び国立公園局と協力して,第二次世界大戦中の日系アメリカ人の強制収容の歴史を正確に解釈した,マンザナー史跡のジェネラル・マネジメント・プランの作成の指導及び支援を依頼されました。同氏自身,コロラド州のアマチ収容所に収容された経験を持ち,同じく第二次世界大戦中に10か所存在した強制収容所の1つに収容された経験を持つ8人のメンバーを率いて,任務を遂行しました。同氏のマンザナーへの関与は平成24年に終了しましたが,同氏は,現在も毎年現地を訪れ,進捗状況を確認しています。

全米日系人財団理事を務めていた同氏は,平成10年から平成12年まで,財団の理事会,建築家及び建設会社と協力し,ワシントンDCにある「全米日系米国人記念碑」の設計及び建設を推進しました。この碑は,「第二次世界大戦中,不当な扱いを受けたにもかかわらず,この国を愛国心を持って支持した日系アメリカ人とその両親の経験を記念」したものです。