嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2021年2月15日)
「ロッキーの雪の麓に雛飾る」(戸上すゑ女)
掲句、明らかにルール違反の季重ねですが、ここでは、それを無視します。無視して鑑賞するに価する句だと思うからです。
まず、作者がどこにいるかというと、ロッキー山脈のどこかの麓です。そこに作者の家族が住んでいて、桃の節句が近づいてきたので、居間に雛壇を広げ、雛を飾ったのでしょうか。私はそうは思いませんでした。カナダのブリティッシュ・コロンビア州からアメリカのニューメキシコ州まで全長4800キロを越えるロッキー山脈。複数の山地を連ねた山系で、その中にワイオミング州のハートマウンテンがあります。第二次大戦中、日系人戦時強制収容所があったところ。ふと、この句は、そこに収容されていた時の作ではないかと思いました。
1942年2月19日にルーズベルト大統領が発令した大統領令9066により、西海岸に住んでいた日系人・日本人約12万人が強制立ち退きとなり、内陸州の10カ所に設置された戦時転住所に強制収容されました。ハートマウンテン収容所には最高時約1万人が収容されました。わずかの準備時間しか与えられず、必要と思われる身の回りのものをかき集めて収容所へ。だから、全部揃った雛飾りを持っていくのは不可能だったと思います。
雛壇は、収容所の周辺にあった木を使って作ったのでしょうか。毛氈はなかったでしょうから、ベッドのシーツを代用させたのかもしれません。そして、持ってきた雛人形を飾ります。窓の外には雪のハートマウンテンが見えます。強制収容され、不自由な収容所の中にいても、一つひとつの雛に、日本人としての気概と誇りを託しながら、雛壇を飾っていく作者。その心から生まれた五・七・五が、ロッキーの山々に木霊していくようです。
【季語】雛飾=春、「北米俳句集」(橘吟社、1974年刊行)より
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嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住40年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。
今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指していた。
このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置にも迫る。
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