2020 エッセー(東京発):幻のオリンピック聖火最終ランナー 

東京五輪の聖火の点火

<2020年春 半田俊夫>(東京発)

東京オリンピックの1年延期が決まった。2年ほど前に「64年東京五輪開会式での出来事」を書いた。戦後まだほんの19年ばかりの日本が、敗戦の戦禍からの復興を世界に示したスポーツの一大祭典だった。その開会式の聖火リレーで聖火台に点火する最終走者に選ばれたのが、広島で原爆が投下された日に生まれて育った坂井義則さんだった。戦後の年数のとおり彼はその時19歳の青年。

彼が聖火を掲げて国立競技場に入って来た時に起きた出来事、整列していた各国の競技者が一斉に列を離れて走行中の坂井選手の元へ群がって駆け寄り写真を撮った。お互いに譲り合いながら。原爆の惨禍の中に生まれながら立派に成長して最終走者に選ばれた坂井選手にみな感動して撮りたかったと言う。各国選手たちも同世代の若者が多かった。彼ら選手たちには原爆投下と云う痛々しい歴史への知識と、同年代で育ってきた坂井選手への共感の思いが日本人が想像する以上に広くあった事を表すハプニングだった。その坂井選手も今年の東京五輪を待たず六年前に69歳で亡くなっている。

ところでその56年前の最終ランナー坂井選手には控え選手がいた。当時高校二年の17歳だった落合三泰さん、今は群馬県に住む73歳。彼は坂井選手の控えとして一緒に練習を続け、開会式当日は坂井さんのそばで待機し、最終聖火を受け継いだ坂井さんが国立競技場に入る所まで後を追って走った。そこからはスタンド下へ移動して坂井さんの聖火台への点火を見上げた。言葉にならない感動があったと言う。しかし控えとして幻の最終ランナーとなった。

落合さんは東京五輪の年の高校総体5種競技で2位となった程の競技者で、その後早大に進み坂井さんの2年後輩となっている。大学2年の時には日本選手権10種競技で見事に優勝している。

さて昨年6月に2020東京五輪·パラリンピックの聖火リレーのルートが発表された。落合さんは56年前の東京五輪でのあの感動を今度は本当の聖火ランナーとなって確かめたいと聖火走者の募集に応募した。今度こそ走れたらいいなと毎朝の散歩に3百メートルの上り坂のジョギングを加えたと言う。そして喜ばしくも走者の一人として選ばれたそうだ。さぞ嬉しいことだろう。オリンピックは1年延期になってしまったが、落合さんは長年の思いを込めて走りたいと聖火リレーの日を待ち望んでいる。いい話だと思う。よかったですね、と祝福してさし上げたい。<2020年春 半田俊夫>

半田俊夫: 東京出身。在米約40年の後現在は東京在住。元航空業界商社経営。以下の諸ボランティア活動を行う:羅府新報の随筆「磁針」欄に毎月執筆、日刊サン・ポエムタウン欄の川柳選者。在米中はパサデナ・セミナー会主宰、命の電話友の会、茶道裏千家淡交会OC協会などで会長としてボランティア活動。他に南加日系商工会議所、日米文化会館、小東京評議会、南加県人会協議会、米国書道研究所などの理事役でもボランティア活動をした。日系パイオニア・センター、L.A.東京会、および小東京ロータリー財団の会長を歴任。南加日商の元会頭。

(本稿はロサンゼルスの日本語新聞・羅府新報の「磁針」欄に2020年5月に掲載した文に加筆したものです。)