ロサンゼルス:嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞「牧の春立ちて歩める牛もあり」

嶋幸佑が選んだ今日のアメリカ俳句(2020年2月4日)

「牧の春立ちて歩める牛もあり」常石芝青(ロサンゼルス)

先週に続き芝青の句。この句は1932、3年ごろの作とみられる。作者は1907年、19歳で渡米。大学中退後の1914年に友人とともに農業に着手し、その後、独立して小さな農園を経営するようになったが、「外国人土地法」に苦しめられたため、農園を見切って養鶏業に転じてしまう。外国人土地法は1913年にカリフォルニア州で成立、その後、同じような法律を制定する州が相次いだが、内容は「帰化不能」とされる外国人による土地所有を禁じたもの。主に日本人や他のアジアからの移民が対象だったため「排日土地法」とも呼ばれる。それでも、法律の「抜け穴」を利用して農業を営む人たちも多かった。土地をアメリカ生まれの子どもたちに所有させ、それを借りて農業を営むのである。その「抜け穴」もやがて封じられてしまうのだが、やはり子ども名義の土地を借りて農業を営むのは、いろいろと面倒なことが多かったのだろう。作者はそのため養鶏業に転じたが、不運にも洪水で養鶏業が壊滅的な打撃を受けてしまう。それで土地会社のセールスマンとして働くようになったが、今度は会社が世界大恐慌(1929年)の影響で倒産という憂き目に遭う。不運が続いたことに肩を落としてしまっている作者。職を失い、落胆した気持ちを引き摺りながら、広々とした牧場の前に立った。それを眺めての一句である。そんな時、牧畜業が、そして離れてしまった農業が光って見えていたに違いない。「立ちて」を「春立ちて」と「立ちて歩める牛」にかけている。この牛のように、自分もこの情況から立ち上がって歩み始めなければならない。実は、その思いから、長年親しんでいた俳句から遠ざかることも決めた。その決意の前の作ということを考えると、なおさら感慨深いものがある。しかし、それからしばらくして、再び俳句に浸る歳月が訪れることになる。

【季語】春=春、句集「菊の塵」(1975年発刊)より

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嶋幸佑(しま・こうすけ)ロサンゼルス在住40年。伝統俳句結社の大手「田鶴」(宝塚市、水田むつみ主宰)米国支部の会員。ロサンゼルスの新聞「日刊サン」のポエムタウン俳句選者。

今から100年ほど前、アメリカに俳句を根付かせようと、農業従事者や歯科医など各種の職業に就いていた日本人、主にロサンゼルス地区居住の俳人らが、日本流の風雅を詠うのではではなく、アメリカの風俗・風土の中に、自分たちの俳句の確立を目指していた。

このコーナー「嶋幸佑のアメリカ俳句鑑賞」は、そうした先人の姿勢を、現在に引き継ぐ試み。今でも多種多様な職業の人たちがアメリカで俳句を詠んでいるが、それぞれの俳句の、いわゆる「アメリカ俳句」としての立ち位置も読み解く。

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