2020 エッセー・半田俊夫:いろは歌 その2・千年来のミステリー

前回「その1」で僕が日本の詩歌で最高峰と崇める「いろは歌」について書いた。今回はその続き。好きな理由とは別の話だが、いろは歌には千年来のミステリーがある。暗号が埋め込まれているという推理だ。いろは歌は七五調なので前回書いたように一行12で書くと読み易いが、次にこれを一行七字づつで書いてみる。

いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす

この各行の終りの字を読むと「とかなくてしす」、即ち「咎無くて死す」、これは罪は無かったのに死んだ、の意味になる。古来、無念の死を遂げたとも解釈される柿人麻呂の為に書かれた暗号文だ
とか、いや、流された太宰府で没した菅原道真を悲しみ書かれたなどの推理があった。真偽は検証できないが必ずしもこじつけや俗説と片付けられない要素がある。

いろは歌が七五調で一行12字づつ書けば意味が分り易いのに、平安時代以来多く一行七字で書かれて来た。また平安時代には歌人が歌に暗号を読み込むのが流行った文化がある。権力批判は表立って出来ない時代だったから暗号に批判を込めた。これは文化として江戸時代までも続く。

話が飛ぶようだが江戸元禄期の赤穂四十七士の討ち入り事件は江戸時代に「仮名手本忠臣蔵」として歌舞伎や本が人気となった。忠臣蔵は当時付けられた名前だが何故わざわざ関係無い「仮名手本」を加えたか。仮名手本とはいろは四十七文字のこと。つまり四十七士は罪は無いのに切腹して死んで行ったと暗示したと解釈される。江戸時代、その時々に起きた事件を芝居、小説、歌などにする事は幕府が禁じていたから、忠臣蔵は話を鎌倉時代に移して、名前も大石内蔵助を大星由良助などと変えて、しかし実際は誰の事か何の事件か一目瞭然で分かる形で書かれた。「忠臣蔵」は蔵ではなく当然ながら忠臣、大石内蔵助を暗示する。四十七士を四十七文字になぞらえた「仮名手本」だが、わざとこれを付けたのは「咎無くて死す」の示唆と読みとれる。また当時の芝居の作者も見る大衆もいろは歌のその含みを文化的に共有していたと考えられる。 <半田俊夫>

半田俊夫: 東京出身。在米約40年の後現在は東京在住。元航空業界商社経営。以下の諸ボランティア活動を行う:羅府新報の随筆「磁針」欄に毎月執筆、日刊サン・ポエムタウン欄の川柳選者。在米中はパサデナ・セミナー会主宰、命の電話友の会、茶道裏千家淡交会OC協会などで会長としてボランティア活動。他に南加日系商工会議所、日米文化会館、小東京評議会、南加県人会協議会、米国書道研究所などの理事役でもボランティア活動をした。日系パイオニア・センター、L.A.東京会、および小東京ロータリー財団の会長を歴任。南加日商の元会頭。