2016/農業の発展などに功績のあった人へ贈られる社団法人大日本農会(総裁秋篠宮文仁親王)の 平成28年度農事功績者表彰で、國府田ファームの國府田ロス氏に緑白綬有効賞

ロス氏の祖父はライス・キング國府田敬三郎氏である。ロス氏はスタンフォード大学経済学部卒業後、U.C.DavisでMBAを取得、家業の國府田ファーム(加州ドス・パロス)の社長として米作・近年ではオーガニック米に力を注いでいる。日系三代にわたる家族経営の農場として全米でも最大規模となる。また、その経営は種もみの製造管理から精米・製粉、商品の包装にいたるまでの一貫生産を貫いてきた。

國府田ファームは加州の米作農家としては最南端になるサウス・ドス・パロスで1927年(昭和2年)敬三郎氏44歳の時に創設された。念願であった渡米を果たしたのが1908年(明治41年)敬三郎氏26歳の折、「アメリカの教育視察」という名目は前年に日本政府の「日本移民紳士協約(1907年)」によりアメリカへの移民が禁止されたこと、福島師範学校を終え小学校の校長という前職からひねり出された。当時の排日機運の真っただ中での知恵と努力の結実を実らせた。広大な水田に飛行機で種もみを撒く試みが成功したのはその2年後であり、農場開設10年にして大きな精米所を完成させ、精米業でも事業を拡大させたが、創業14年にして、太平洋戦争中はコロラドのアマチ収容所に入り8000エーカーの耕地や精米所は人手に渡ってしまった。

1945年8月、63歳の敬三郎氏には渡米してから37年間苦労と努力で築いた財産を失いそこからの再スタートにもち米の栽培を始めた。戦時中は餅などは口にできなかった日系人に大いに喜ばれ、その後も「もち米」の松竹梅ブランドは広くアジア系移民の間でも最高級ブランドとして浸透した。戦後の敬三郎氏の活動で特筆しなければならないのは、日系人の公民権運動と帰化権運動を推し進め、戦争を挟んで乖離した一世と二世の間を埋めて、「帰化不能の外国人」として排斥された日系人をアメリカ合衆国憲法下の平等、加州外人土地法の違法性を連法大審院の判決において勝ち取ったことです。これには後の国務長官Dアチソン氏の弁護、そして、帰化権獲得運動においてはもっとも成功したロビィストといわれるマイク正岡氏との連携などは後世の日系移民史に指針として記憶されるべきである。

東奔西走する敬三郎氏をロス氏の父エドワード氏が國府田農場を経営し支え、ロス氏の誕生を見取るがが如く、その年の暮にヨーロッパ、中近東の農村事情を視察の帰路、訪日中に敬三郎氏は生涯を終えられる。ロス氏に「國府田農場にとって米は特別な思い入れがある」と言わしめる所以である。

昨2015年ドキュメンタリー映画「ドス・パロスの碧空(そら)SEED: The Life of The Rice King and his Kin」(http://www.seedfilm.life)(馬場政宣監督)が日米で公開された。ニットータイヤの日系偉人の歴史を次世代に残す「ヒーローズ」というプロジェクトに注ぎ込まれた岡野進一郎・井出英夫・両プロジューサーの熱情に関係者が触発され、今回の受賞につながった。