LAエッセー:半田俊夫の日本紀行/ 感動、熱海のMOA美術館

静岡県熱海にあるモア美術館からの眺望(Photo by Toshio Handa)

静岡県熱海にあるMOA美術館からの眺望(Photo by Toshio Handa)

By 半田俊夫 (ロサンゼルス在住)

..2018年4月、日本を旅行中に静岡県の熱海温泉を訪れた。昔は東海道線で2時間位はかかったと記憶するが今は東京から新幹線で45分で着く。太平洋を見下ろすホテルに宿泊し温泉に浸かり一泊。翌日、山の上の美術館で北斎・広重展を開催中と聞き、これは是非にもと訪れてこの美術館の素晴らしさに驚き魅せられた。その名はMOA美術館(以下モアと記します)。

..日本でも欧米でも沢山の美術館を見て来たが、これは 所蔵美術品の質と数の文化的高さ、豊かな自然の中に息を飲む大パノラマ景観を持つ壮大な立地、個性豊かな美術館の建築設計、など卓越した魅力のオンパレードで、以前に訪問記を書いた島根県安来市の足立美術館と滋賀県甲賀市のミホ美術館に勝るとも劣らない日本の資産だと感動した。

MOA美術館正面に立つ筆者(半田俊夫)

MOA美術館正面に立つ筆者(半田俊夫)(Photo by Toshio Handa)

 美術館で見た資料によるとモアは明治、大正、昭和を生きた画家、歌人、書家、建築家、文明評論家、実業家、慈善家、そして最後は宗教家となった岡田茂吉が生涯をかけて私財で収集した絵画、彫刻、工芸を始めとする国宝や重要文化財を含む約3千5百点の美術品を基に、彼の死後に彼の財団が岡田生誕百周年を記念して1982年に開館したと云う。明治から平成へと生きて足立美術館を創設した足立全康と似通った生き方で、立派な志の日本人が居たのだと感激した

 美術館で見た伝記とガイドの話では、岡田は子を幼くして亡くしたり妻の流産の連続や妻も死去するなど、また自分も数多くの病にかかり不治の宣告を複数回も受けるなど自身の家庭で続いた不幸や病苦の中で、信仰に救いを求めつつ、優れた美術品は見る人の魂を洗い心を安らかに幸せにする、少しでも多くの人に見せて人生の向上と文化の発展に寄与したいと願い、また戦後日本の美術品の海外流出の風潮の中でそれを防ぎ保存したい、日本と世界の人々に見せたいと先ず箱根美術館を開設した。彼の財団が彼の死後に彼の願いを継承して熱海のモア開設に至ったと云う。MOAは 一つにはミュージアム・オブ・アートの略でもあるが、もう一つモキチ・オカダ・アートの意味も込められている。

MOA美術館:7基のエレベーターに乗り山上の本館へ(Photo by Toshio Handa)

MOA美術館:7基のエレベーターに乗り山上の本館へ(Photo by Toshio Handa)

 熱海駅から美術館行きのバスですぐ5分で到着、美術館の前は海を望むきれいな広場となっており、入場券を買って建物に入ると山の上の美術館まで全長200メートルを長いエスカレーターを7基も乗り継いで進む。囲われたエスカレーター路の壁面は照明の色彩が変化し続け幻想的で楽しい。途中外に出て美しい緑の中を階段で上がる道もある。

MOA美術館:幻想的なエレベータ乗り継ぎロビーへ (Photo by Toshio Handa)

MOA美術館:幻想的なエレベータ乗り継ぎロビーへ (Photo by Toshio Handa)

 上に到着して入る立派な3階建ての美術館内には大きな能楽堂もあり、折々能や歌舞伎や音楽の催しがある。近く玉三郎が公演に来るとのポスターが有った。美術作品群とは別に秀吉の金の茶室の復元がありそこに秀頼直筆の書「豊国大明神」もある。これは秀吉の神号。

静岡県熱海のMOA美術館から見える紺碧の海 (Photo by Toshio Handa)

静岡県熱海のMOA美術館から見える紺碧の海 (Photo by Toshio Handa)

 ロビーからは青い海に房総、三浦、伊豆の各半島を望む180度の絶景が広がる。館の外には広大な竹林と庭園の通路の散歩が楽しめる。そしてお茶室の館や甘い物の茶屋。規模と個性の卓越した美術館と美術品、緑の自然の中から海を見下ろす壮大な立地。熱海のモア美術館は世界に誇れる素晴らしい必見の美術館だ。

<半田俊夫>

MOA美術館 www.moaart.or.jp

*半田俊夫=東京出身。パサデナ市在住。在米約40年。元航空業界商社経営。以下の諸ボランティア活動を行う:羅府新報の随筆「磁針」欄に毎月執筆。日刊サン・ポエムタウン欄の川柳選者。パサデナ・セミナー会主宰。命の電話友の会、茶道裏千家淡交会OC協会などで会長としてボランティア活動。他に南加日系商工会議所、南加県人会協議会、日米文化会館、小東京評議会、米国書道研究会などの理事でボランティア活動中。南加日商と日系パイオニアセンターの元会頭。

(本稿はロサンゼルスの日本語新聞・羅府新報の「磁針」欄に2018年4月掲載された文に加筆したものです。)